↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でも世知辛い  作者: 現実も世知辛い


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4話 魔王より先に家賃を倒さなければならない

 翌日。

 俺は王城にいた。


 昨日まで地下水路を走り回っていた俺が、今は王城の廊下を歩いている。


 人生、何が起きるか分からない。


 ただ一つ分かっていることがある。


「……帰りたい」


「昨日も言っていただろ」


 隣を歩くレナが言う。


「だって王城ですよ?」


「そうだな」


「絶対、面倒なことになりますよ」


「もうなっているだろ」


「それはそうですけど」


 俺はため息をついた。


 廊下には高そうな絵が飾られている。


 床もピカピカだ。


 天井には巨大なシャンデリア。


 どう見ても俺が歩いていい場所ではない。


「俺、場違いじゃない?」


「英雄なのだから問題ない」


「その英雄っていうの、まだ納得してないんですけど」


「私もだ」


「ですよね」


 しばらく歩くと、巨大な扉の前に着いた。


 兵士が扉を開ける。


「入れ」


 中には、王様がいた。


 豪華な椅子。


 その周囲には大臣や騎士たち。


 いかにも偉い人たちが並んでいる。


 俺は緊張した。


 そして――


「どうも」


 軽く頭を下げた。


 レナが小声で言う。


「もう少し礼儀を覚えろ」


「無理です」


「なぜだ」


「こういう場所に慣れてないので」


「なら今覚えろ」


「今からですか?」


 王様が笑った。


「よい。楽にせよ」


「ありがとうございます」


 俺はすぐに楽になった。


 椅子があったので座ろうとする。


 レナに止められた。


「まだ座るな」


「楽にせよって言われたのに」


「そういう意味ではない」


「難しいですね、王族の言葉」


 王様がまた笑う。


「面白い男だな」


「よく言われます」


「褒めてはいないぞ」


「そうなんですか?」


 王様は少し困った顔をした。


 そして、側にいた大臣へ目を向ける。


「今回の件については、すでに報告を受けている」


 俺は黙った。


「財務官による公金横領。


 地下水路に隠されていた帳簿。


 そして、それを発見したレナ」


 王様はレナを見る。


「そして――」


 俺を見る。


「カイ」


「はい」


「そなたの働きも聞いている」


「……」


 嫌な予感がした。


「王都の危機を救った功績を称え、褒賞を与える」


「金ですか?」


 部屋が静かになった。


 レナが頭を抱える。


 王様は数秒黙ってから言った。


「……金だけではない」


「じゃあ何です?」


「家を与えよう」


「家?」


 俺の目が輝いた。


 家。


 つまり。


 家賃がない。


 それだけで素晴らしい。


「本当に?」


「ああ」


「俺の家ですか?」


「そうだ」


「無料?」


「そなたの功績への褒賞だ」


「ありがとうございます!」


 俺は立ち上がった。


 王様に頭を下げる。


「今日から俺、働かなくていいんですね!」


「……」


 王様が黙る。


「なぜ黙るんです?」


「いや」


 王様は苦笑した。


「そこまで喜ばれるとは思わなかった」


「家ですよ?」


「そうだな」


「屋根があるんですよ?」


「ある」


「雨の日でも濡れない?」


「濡れない」


「最高じゃないですか!」


 俺は感動した。


 異世界生活四日目。


 ついに俺のスローライフが始まる。


 ――そう思っていた。


     ◆


 王城を出た俺たちは、さっそく家へ向かった。


 案内役の兵士が先頭を歩く。


「こちらです」


 王都の端。


 住宅街。


 大通りから少し離れた場所に、その家はあった。


 木造二階建て。


 庭付き。


 見た目は悪くない。


「……」


 俺は感動した。


「家だ」


「そうだな」


「俺の家だ」


「そうだ」


「もう宿代を払わなくていい」


「そうだな」


「働かなくてもいい」


 レナが少し黙った。


「……そこは違う」


「何で?」


「生活費はどうする?」


「家があるんだから大丈夫でしょう」


「食事は?」


「パン」


「パンを買う金は?」


「……」


 俺は黙った。


 嫌な予感がする。


 兵士が家の鍵を渡してくれた。


「それでは」


「ありがとうございます」


「何かあれば、ギルドへ相談してください」


 兵士は帰っていった。


 俺は鍵を見つめた。


「家」


 鍵を開ける。


 扉が軋む。


 中には家具もある。


 テーブル。


 椅子。


 ベッド。


 小さな台所。


「最高だ……」


 俺は感動した。


 ベッドに飛び込む。


「柔らかい!」


 昨日まで硬い宿のベッドだった。


 今日は自分のベッド。


 しかも無料。


「異世界、最高!」


 俺は天井を見ながら笑った。


 しかし。


 その日の夕方。


 現実は俺を逃がしてくれなかった。


「カイ」


「何です?」


「これを見ろ」


 レナが机の上に紙を置いた。


「何これ?」


「請求書だ」


「……」


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 どんどん置かれていく。


「何で?」


「生活に必要なものだ」


 レナが説明する。


「水道代」


「はい」


「魔導具の使用料」


「はい?」


「照明や給湯に使う」


「電気代みたいなもの?」


「そんなものだ」


「いくら?」


「月に銀貨五枚」


「高っ」


 さらに紙が置かれる。


「税金」


「家にも税金あるの?」


「当然だ」


「異世界でも?」


「異世界でも税金は税金だ」


 聞いたことのある台詞だった。


「……」


 さらに一枚。


「冒険者ギルドの登録更新料」


「俺、もう登録してますよ?」


「登録は無料ではない」


「最初に払ったじゃないですか」


「毎年更新が必要だ」


「一年に一回?」


「ああ」


「まだ四日目ですよ?」


「だから今すぐではない」


「じゃあ大丈夫ですね」


「そうでもない」


「何で?」


「お前、借金があるだろ」


「……」


 俺は思い出した。


 入国証。


 冒険者登録。


 剣。


 宿。


 すべて借金。


「借金、いくらです?」


 レナが指を折る。


「銀貨六枚と銅貨三十枚」


「……」


「それと宿代」


「……」


「昨日の食事代」


「……」


「今日の分」


「……」


 俺は椅子に座った。


「家をもらったのに」


「家をもらったからといって、生活費が消えるわけではない」


「おかしい」


「何がだ?」


「俺は英雄ですよ?」


「だから何だ?」


「英雄って働かなくていいんじゃないですか?」


「むしろ逆だろ」


「……」


 レナが冷静に言う。


「英雄なら、国から仕事を頼まれるだろうな」


「やめてください」


「魔物討伐」


「嫌です」


「護衛」


「嫌です」


「調査」


「嫌です」


「王城からの呼び出し」


「一番嫌です」


「ではどうする?」


 俺は真剣に考えた。


 そして――


「寝ます」


「問題を先送りするだけだ」


「明日の俺が何とかします」


「その明日の俺は誰だ?」


「俺です」


「なら今のお前が何とかしろ」


「嫌です」


 レナは深いため息をついた。


     ◆


 翌朝。


 俺はギルドへ向かった。


「仕事を探します」


 受付嬢が目を丸くする。


「カイさんが?」


「はい」


「珍しいですね」


「俺だって働くことくらいあります」


「どんな依頼を?」


「楽なやつ」


「具体的には?」


「座ってできる仕事」


「冒険者ギルドにそういう依頼はありません」


「じゃあ寝ながらできる仕事」


「ありません」


「誰かの代わりに責任を取らなくていい仕事」


 受付嬢が少し考える。


「それなら……」


「あるんですか?」


「あります」


 俺は身を乗り出した。


「何です?」


「薬草採取」


「前にもやりました」


「そうでしたね」


「三十分で寝ました」


「知っています」


「じゃあ別の仕事で」


 受付嬢は依頼書を何枚か並べた。


「ゴブリン討伐」


「嫌です」


「荷物運び」


「重そう」


「護衛」


「危険」


「魔物の巣の調査」


「絶対嫌」


「洞窟探索」


「暗い」


「商人の護衛」


「人間関係が面倒」


「……」


 受付嬢が困った顔をする。


「カイさん」


「はい」


「冒険者に向いてないんじゃないですか?」


「俺もそう思います」


 レナが横から言った。


「では辞めればいい」


「それは困ります」


「なぜ?」


「家があるから」


「家と冒険者に何の関係がある?」


「生活費です」


「働くために冒険者になるのか?」


「そうです」


「本末転倒だな」


「俺もそう思います」


 結局。


 俺は一番報酬の高い依頼を受けることにした。


「これです」


 受付嬢が依頼書を渡す。


「王都近郊の魔物討伐」


「……」


「報酬は銀貨十枚」


「やります」


「即決ですね」


「生活が懸かっているので」


 俺は依頼書を受け取った。


     ◆


 その日の昼。


 俺は森にいた。


 剣を腰にぶら下げている。


 隣にはレナ。


「何でお前までいるんですか?」


「心配だからだ」


「俺の?」


「依頼の失敗が」


「俺じゃなくて?」


「お前はどうでもいい」


「ひどい」


 森の奥から唸り声が聞こえる。


「……」


「魔物だ」


 レナが剣を抜く。


「カイ」


「はい」


「後ろにいろ」


「分かりました」


 魔物が飛び出してくる。


 巨大な牙。


 鋭い爪。


「うわあああ!」


 俺は逃げた。


 レナが戦う。


 数分後。


 魔物が倒れた。


「終わったぞ」


「お疲れ様です」


「お前は何をしていた?」


「応援」


「役に立ったか?」


「精神的に」


「帰れ」


「依頼中ですよ」


 その後。


 俺たちは魔物の素材をギルドへ持ち帰った。


 報酬は銀貨十枚。


 俺はそれを握りしめた。


「これで何日暮らせます?」


 受付嬢が計算する。


「食費だけなら十日ほど」


「十日」


「水道代や税金を考えると――」


「……」


「一週間も持たないでしょうね」


 俺は銀貨を見つめた。


「英雄って、儲からないんですね」


「英雄だからこそ、依頼料が高いんですよ」


「じゃあ英雄じゃなかったら?」


「もっと安いです」


「……」


 異世界の現実は厳しい。


     ◆


 その夜。


 俺は新しい家のベッドに横になった。


 屋根がある。


 雨も防げる。


 ベッドも柔らかい。


 台所もある。


 庭もある。


 最高の家だ。


「……」


 なのに。


「疲れた」


 たった一日働いただけで、体が重い。


 俺は天井を見た。


「俺、何のために異世界へ来たんだっけ?」


「楽して暮らすためだろ」


 隣の部屋からレナの声が聞こえた。


「そうなんですよ」


「なら、もっと頑張れ」


「その言葉、大嫌いです」


「知っている」


 俺は布団をかぶった。


 その時だった。


 ――コン。


 どこかから音がした。


「……?」


 俺は布団から顔を出す。


「レナ」


「何だ?」


「今、何か聞こえませんでした?」


「何も」


 ――コン。


 今度ははっきり聞こえた。


 壁の向こう。


「……」


「……」


 レナが立ち上がる。


「何だろうな」


「怖いですね」


「剣を持て」


「俺が?」


「お前の家だろ」


「俺の家だから怖いんですよ」


 レナが壁へ近づく。


 耳を当てる。


「……」


「どうです?」


「何かいる」


「帰りません?」


「どこへ?」


「元の世界」


「無理だろ」


「ですよね」


 レナが壁を調べる。


 すると――


 壁の一部が、わずかに動いた。


「隠し扉?」


「そうみたいだ」


 押してみる。


 ギィィ……。


 壁が開いた。


 そこには地下へ続く階段があった。


「……」


「……」


「カイ」


「はい」


「お前の家、地下室があるぞ」


「聞いてません」


 俺は階段を見下ろした。


 暗い。


 深い。


 そして――


 何とも言えない臭いがする。


「閉めましょう」


「調べる」


「嫌です」


「家の中にあるんだぞ」


「家を捨てましょう」


「どこへ行く?」


「宿」


「金は?」


「……」


 俺は黙った。


 結局。


 俺たちは地下へ降りることになった。


 階段の先には、小さな部屋があった。


 古い机。


 大量の書類。


 壁には奇妙な紋章。


 そして机の上に、一枚の紙が置かれていた。


『この家を手に入れた者へ』


「……」


 嫌な予感しかしない。


 俺は紙を読む。


『まず、忠告する』


『この家には、以前の所有者が残したものがある』


『絶対に地下室の奥へ進むな』


『特に、黒い扉には触れるな』


『もし触れてしまった場合――』


 そこで文章が途切れていた。


「……」


 俺は紙を置いた。


「レナ」


「何だ?」


「俺、今すごく嫌なことを思いついた」


「何だ?」


「この家、無料だったんですよね?」


「ああ」


「王様がくれたんですよね?」


「ああ」


「つまり――」


 俺は天井を見上げた。


「事故物件じゃないですか?」


「……」


 レナも黙った。


 その時。


 地下室の奥から――


 コン。


 また音がした。


 俺は一歩後ずさる。


「レナ」


「何だ?」


「帰ろう」


「どこへ?」


「この家から」


「お前の家だぞ」


「いらないです」


 俺は即答した。


 だが――


 地下室の奥。


 黒い扉の向こうから。


「……誰か、いるのか?」


 低い声が聞こえた。


「……」


「……」


 俺とレナは顔を見合わせた。


 俺は思った。


 家をもらった。


 家賃も安い。


 屋根もある。


 庭もある。


 ベッドもある。


 なのに。


 なぜか地下に何かいる。


「……」


 俺は天井を見上げた。


「俺、異世界に来てまだ四日目ですよね?」


「ああ」


「何で魔王より先に家賃と事故物件を倒さなきゃいけないんですか?」


「知らん」


 レナが剣を抜いた。


 俺も仕方なく剣を抜く。


 もちろん使える気はしない。


 そして俺たちは――


 黒い扉の前に立った。


 その扉には、古びた文字が刻まれていた。


 ――開けるな。


「……」


 俺は思った。


 こういうのは、開けるのが異世界のお約束だ。


 でも俺は違う。


「帰りましょう」


「開けるぞ」


「何でですか!」


「気になる」


「好奇心で命を捨てないでください!」


 レナが扉に手を伸ばす。


 そして――


 ガチャリ。


 鍵が、勝手に開いた。


「……」


「……」


 俺は絶望した。


 異世界生活、四日目。


 俺は念願のマイホームを手に入れた。


 ただし。


 その家には、どうやら――


 俺より先に住んでいる何かがいるらしい。


 そして俺はまだ知らない。


 この曰く付き物件が、後に王都でも有名な「幽霊屋敷」と呼ばれることを。


 そして――


 その幽霊が、俺の「責任回避」の能力と、とんでもなく相性が悪いことを。


「……」


 俺は扉を見つめた。


「レナ」


「何だ?」


「俺、スローライフしたいんですけど」


「知っている」


「これ、スローライフですよね?」


「たぶん違う」


 黒い扉の向こうから、再び声が響いた。


「――お前が、新しい主人か?」


 俺は答えた。


「違います」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。