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異世界でも世知辛い  作者: 現実も世知辛い


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5/5

第5話 事故物件の幽霊に家賃を請求された

「違います」

 俺は即答した。


 黒い扉の向こう。


 そこに何かがいる。


 低い声だった。


「――お前が、新しい主人か?」


「違います」


「……」


「俺はただの居候です」


「お前の家だろ」


「王様から勝手に押し付けられました」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。


 レナが俺を見る。


「お前、今までにないくらい責任から逃げているな」


「当然ですよ」


「少しは誇れ」


「誇れませんよ」


 黒い扉の向こうから、ため息が聞こえた。


「……変な奴が来たものだ」


「俺もそう思います」


 すると――


 扉がゆっくりと開いた。


 ギィィィ……。


 中は真っ暗だった。


 何も見えない。


 ただ、冷たい風が吹いてくる。


「……」


 俺は一歩下がった。


「レナ」


「何だ?」


「俺、やっぱり帰ります」


「どこへ?」


「王城」


「なぜ?」


「家を返します」


「どうやって?」


「王様に」


「こんな時間に?」


「……」


 俺は時計代わりにスマートフォンを見る。


 夜中の十一時。


 当然、王城が開いているはずもない。


「明日にしましょう」


「そうだな」


「じゃあ、寝ましょう」


「待て」


「何です?」


「この中に何がいるのか確認する」


「嫌です」


「なぜだ?」


「怖いからです」


「お前、魔物より幽霊の方が怖いのか?」


「幽霊は話が通じなさそうじゃないですか」


「今、普通に話しているぞ」


「それも怖いんですよ」


 レナが呆れた顔をする。


 しかし、結局は二人で中へ入ることになった。


 部屋の中は、意外にも広かった。


 壁には古い本棚。


 床には大量の魔法陣。


 中央には大きな椅子。


 そして――


 その椅子に、一人の女性が座っていた。


 半透明だった。


 銀色の長い髪。


 白い服。


 青白い肌。


 そして――


 足がない。


「……」


「……」


 俺と幽霊が見つめ合う。


「こんばんは」


 幽霊が言った。


「こんばんは」


 俺も答えた。


「……」


「……」


「驚かないのか?」


「驚いてます」


「顔に出ていないぞ」


「出すと怖いので」


 レナが前に出る。


「お前は何者だ?」


「この家の主だ」


「以前の所有者か?」


「そうだ」


「なぜ死んだ?」


「……」


 幽霊が少し黙った。


「それを聞くのか?」


「重要なことだ」


「そうだな」


 幽霊は立ち上がった。


 足はないのに、普通に浮いている。


「私はこの家で死んだ」


「どうして?」


「殺された」


「……」


 空気が変わった。


 俺は思った。


 やっぱり事故物件だ。


 しかも幽霊付き。


「誰に?」


 レナが聞く。


「分からない」


「分からない?」


「記憶がないのだ」


「名前は?」


「それも覚えていない」


「……」


 レナが眉をひそめる。


 俺は少し考えた。


「じゃあ、幽霊さん」


「何だ?」


「家賃って払ってます?」


「……」


 レナが俺を見る。


「今、それを聞くのか?」


「重要ですよ」


「なぜだ?」


「この家、無料だと思ってたんですけど」


 幽霊が首を傾げる。


「家賃?」


「はい」


「この家には家賃など存在しない」


「よかった」


 俺は胸を撫で下ろした。


「じゃあ、問題ないですね」


「ただし――」


 幽霊が続ける。


「この家には条件がある」


「……」


 嫌な予感がした。


「この家に住む者は、私の願いを一つ叶えなければならない」


「帰ります」


「早いな」


「条件付き物件じゃないですか」


 俺は扉へ向かう。


 だが、レナに肩を掴まれた。


「待て」


「嫌です」


「話くらい聞け」


「絶対に面倒ですよ」


「すでに面倒だ」


「だから帰るんですよ」


 幽霊が言った。


「待て」


「何です?」


「お前はこの家を出ることができない」


「……」


 俺は扉を開けようとした。


 開かない。


「……」


 もう一度。


 開かない。


「レナ」


「何だ?」


「これ、どうやって出るんですか?」


「分からない」


「幽霊さん」


「何だ?」


「開けてください」


「無理だ」


「何で?」


「家が拒んでいる」


「家が?」


「ああ」


 俺は絶望した。


「俺の家なのに?」


「この家は私のものだ」


「いや、王様からもらったんですけど」


「王様?」


 幽霊が少し驚いた。


「この家を王が?」


「はい」


「……」


 幽霊は考え込む。


「ならば、話は少し変わってくる」


「どういう意味です?」


「この家は、王国が長年封印していたはずだ」


「……」


「なぜ王がお前に渡した?」


「知りません」


 俺は即答した。


「俺も知りたいです」


 幽霊が俺を見る。


「お前は、本当に何も知らないのか?」


「はい」


「王国の地下水路の事件も?」


「それは知っています」


「私のことも?」


「今知りました」


「……」


 幽霊は困った顔をした。


「変な男だな」


「よく言われます」


 その時だった。


 ――ドンッ!


 地下室全体が揺れた。


「何だ!」


 レナが剣を抜く。


 壁の魔法陣が赤く光る。


 幽霊の表情が変わった。


「まずい」


「何が?」


「封印が弱くなっている」


「何の?」


「この地下にいるものだ」


「……」


 俺は黙った。


「幽霊さん」


「何だ?」


「この家、幽霊一人じゃないんですか?」


「違う」


「何人?」


「分からない」


「……」


 俺は天井を見た。


「事故物件どころじゃないじゃないですか」


 レナが周囲を確認する。


「何か来る」


「何が?」


「分からない」


「分からないものを相手にするの、嫌なんですけど」


 床がさらに揺れる。


 魔法陣が一つ、砕けた。


 ――パキンッ。


「来るぞ」


 幽霊が言った。


 壁から黒い影が染み出してくる。


 人の形。


 だが、顔がない。


 腕だけが異様に長い。


「……」


 俺は一歩下がった。


「レナ」


「何だ?」


「俺、あれと戦えません」


「知っている」


「どうします?」


「私が戦う」


「頑張って」


「お前も戦え!」


「無理です!」


 影がこちらへ向かってくる。


 レナが剣を振る。


 斬った。


 しかし――


 影が二つに分かれた。


「増えたぞ!」


「最悪!」


 さらに影が増える。


 レナが次々と斬る。


 だが、倒してもまた増える。


「どうすればいい!」


 レナが叫ぶ。


 幽霊が答えた。


「核を壊せ!」


「どこだ!」


「分からない!」


「役に立たないな!」


「私も死んでいるからな!」


「それは関係あるのか!」


 俺は部屋を見回した。


 魔法陣。


 本棚。


 机。


 椅子。


 そして――


 壁に刻まれた紋章。


「……」


 何かがおかしい。


 俺は近づいた。


「カイ!」


「何です?」


「何をしている!」


「分かりません」


「なら戻れ!」


「嫌です」


 俺は紋章に手を触れた。


 その瞬間。


 頭の中に声が響いた。


『この封印を維持する者は――』


『責任を負う』


『失敗した場合――』


『すべての責任は――』


 俺は目を見開いた。


「……」


 そして。


 笑った。


「これだ」


「何が?」


 レナが聞く。


「責任」


「は?」


 俺は紋章へ手を置いた。


「俺の能力って、責任を他人に押し付けるんですよね?」


「そうだ」


「じゃあ――」


 俺は能力を発動した。


 『責任回避』。


 空気が変わる。


 黒い影が一斉に止まった。


「……?」


 影たちが互いを見る。


 すると――


 一体の影が、突然、別の影を指差した。


『お前が封印を破った』


『違う。お前だ』


『俺は命令された』


『誰に?』


『知らない』


『じゃあ、お前だ』


『違う!』


 影たちの間で、責任の押し付け合いが始まった。


「……」


「……」


 レナが呆然とする。


「何をした?」


「何もしてません」


「嘘だろ」


「本当に何もしてません」


 幽霊も驚いている。


「これは……」


「何です?」


「お前の能力か?」


「たぶん」


「恐ろしいな」


「便利ですよ」


「そういう問題ではない」


 影たちは互いに責任を押し付け続けている。


 そのうち、一体が叫んだ。


『俺は知らない!』


『俺も知らない!』


『じゃあ誰が封印を壊した!』


『知らない!』


『責任を取れ!』


『嫌だ!』


 影たちが揉めている。


 そして――


 一体ずつ消えていった。


「……」


 静かになった。


 最後に残った影が、俺を見る。


『お前……』


「はい?」


『ふざけた能力を……』


「ありがとうございます」


『褒めていない』


「よく言われます」


 影が消えた。


 地下室に静寂が戻った。


「……終わった?」


 俺が聞く。


「たぶん」


 レナが答える。


 幽霊も俺を見る。


「お前の力は、一体何なのだ?」


「責任回避です」


「それだけか?」


「それだけです」


「……」


 幽霊はしばらく黙っていた。


 そして――


「面白い」


「何が?」


「お前なら、この家を任せてもいいかもしれない」


「嫌です」


「即答だな」


「俺は普通に暮らしたいんです」


「ならば――」


 幽霊が微笑んだ。


「この家を守れ」


「……」


「嫌です」


「まだ何も言っていない」


「どうせ面倒な話でしょう」


「そうだ」


「じゃあ、嫌です」


 幽霊は笑った。


 その後。


 俺たちは地下室を片付けた。


 壊れた魔法陣を修復する必要があるらしい。


 古い本も整理しなければならない。


 そして何より――


「カイ」


「何です?」


「この家には管理人が必要だ」


「誰です?」


「お前だ」


「嫌です」


「もう住んでいるだろ」


「住むだけならいいです」


「この家の管理もしてくれ」


「家賃を払うよりマシですけど……」


「では、決まりだ」


「……」


 俺は考えた。


 家賃は無料。


 食費は必要。


 水道代も必要。


 税金も必要。


 でも――


 家を出て働くよりは、まだいいかもしれない。


「分かりました」


「よろしく頼む」


「ただし」


「何だ?」


「俺に危険な仕事をさせないでください」


 幽霊が少し考える。


「善処する」


「その言葉、信用できないんですけど」


「そうか?」


 翌朝。


 俺はギルドへ行った。


「依頼を受けます」


 受付嬢が驚く。


「昨日に続いて?」


「はい」


「何か心境の変化でも?」


「家の維持費が必要なので」


「なるほど」


 俺は依頼書を見る。


 薬草採取。


 報酬、銅貨三十枚。


 ゴブリン討伐。


 報酬、銀貨五枚。


 護衛依頼。


 報酬、銀貨八枚。


 俺は悩んだ。


「一番楽なのはどれです?」


「薬草採取ですね」


「じゃあ、それで」


「でも、報酬が低いですよ?」


「安全が一番です」


「昨日は魔物討伐を受けましたよね?」


「昨日の俺は馬鹿でした」


 受付嬢が笑った。


 その日の昼。


 俺は薬草を拾っていた。


「……」


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「カイ」


 レナが声をかける。


「何です?」


「働いているな」


「生活のためです」


「偉いじゃないか」


「褒めないでください」


「なぜ?」


「働くことに慣れそうなので」


「いいことだろ」


「俺にとっては悪いことです」


 俺は空を見上げた。


 異世界生活、五日目。


 俺は英雄になった。


 家も手に入れた。


 幽霊まで付いてきた。


 そして――


「……」


 俺は薬草を一本拾った。


「俺のスローライフ、どこに行ったんだろう」


 遠くで鳥が鳴いた。


 風が吹く。


 平和だった。


 少なくとも――


 その日の夕方までは。


 家に帰ると、玄関に一枚の紙が貼られていた。


『国王陛下より』


 嫌な予感がした。


 俺は紙を剥がす。


『カイ殿へ』


『明日、王城へ出頭せよ』


『英雄として、王国より新たな任務を与える』


「……」


 俺は紙を破った。


 レナが驚く。


「おい!」


「見なかったことにしましょう」


「国王命令だぞ!」


「責任回避です」


「それは違うだろ!」


 その瞬間。


 家の中から幽霊の声が聞こえた。


「カイ」


「何です?」


「明日の朝、王城へ行け」


「嫌です」


「行かないと、この家が没収されるかもしれない」


「……」


 俺は固まった。


「それは困る」


「だろう?」


「……」


 俺は天井を見上げた。


 異世界生活、五日目。


 俺はついに理解した。


 楽して暮らすためには――


 まず、楽して暮らせる環境を守るために働かなければならない。


「……」


 それって。


「普通の人生と何が違うんだ?」


 誰も答えてくれなかった。

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