第3話 地下水路に行ったら、異世界の闇が深すぎた
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夜。
王都の地下水路。
俺は今、自分の人生について考えていた。
「帰りたい」
「まだ三日目だろ」
隣を歩くレナが言う。
「三日で十分です」
「慣れるまで一年くらいかかる」
「一年も働くの?」
「お前は働きたくないだけだろ」
「はい」
即答した。
地下水路は暗い。
臭い。
そして何より――
「魔物が出そう」
「出る」
「先に言ってくださいよ」
「言ったら来なかっただろ」
「その通りです」
俺は腰に小さな剣をぶら下げている。
もちろん使えない。
冒険者登録の際に、
「護身用に持っておいた方がいい」
と言われたから買った。
銀貨二枚。
すでに借金が増えている。
「この世界、何するにも金かかるな」
「当たり前だ」
「異世界なのに?」
「異世界でも金は金だ」
「夢がない」
「夢でパンは買えない」
「パンが高いんですよ」
「まだ言ってるのか」
そんな会話をしながら、俺たちは地下水路を進んだ。
「止まれ」
レナが手を上げた。
「何?」
「足音だ」
俺にも聞こえた。
複数。
こちらへ近づいてくる。
「兵士?」
「分からない」
「じゃあ隠れましょう」
「どこに?」
左右を見る。
水路。
壁。
ゴミ。
逃げ場はない。
足音が近づく。
俺は覚悟した。
そして――
「こんばんは」
男が現れた。
黒い服。
大きな袋。
そして――剣。
「誰?」
俺が聞くと、
「こちらの台詞だ」
男が剣を抜いた。
「レナだな?」
「……」
レナが構える。
「お前も王国の人間か?」
「違う」
「なら何者だ?」
「税金を運ぶ者だ」
「……」
俺は男の持つ袋を見る。
「税金って、あんな袋で運ぶもの?」
「金貨だ」
「重そうですね」
「重い」
「腰、痛めません?」
「……何を言っている?」
男が困惑した。
俺も困惑した。
その時。
背後から別の男が現れた。
「見つけたぞ!」
さらに三人。
「囲まれた」
レナが呟く。
「どうします?」
「戦う」
「俺は?」
「逃げろ」
「それはありがたい」
俺は踵を返した。
「おい!」
レナが叫ぶ。
「冗談だ!」
俺は戻った。
「最低だな、お前」
「俺もそう思います」
敵が襲ってくる。
レナが剣を振る。
一人倒れる。
二人目。
三人目。
強い。
明らかに俺とは格が違う。
「レナ!」
「何だ!」
「頑張って!」
「お前も戦え!」
「応援というのは大事ですよ!」
「役に立て!」
敵の一人が俺に向かってくる。
「死ね!」
「嫌です!」
俺は剣を振った。
偶然、相手の剣に当たった。
相手の剣が弾かれた。
「え?」
敵が驚く。
俺も驚いた。
だが、もっと驚いたことが起きた。
敵の剣が地面に落ちる。
その拍子に袋へ当たる。
袋が破れる。
そして――
金貨が大量に転がった。
「……」
「……」
「……」
全員が金貨を見る。
俺は呟いた。
「税金って、こんなにあるんだ」
敵が叫んだ。
「見るな!」
「いや、もう見えてるけど」
「誰にも言うな!」
「言わないですよ」
レナがこちらを見る。
「本当に?」
「だって面倒だし」
俺は金貨を一枚拾った。
「これで何日暮らせます?」
「お前……」
レナが呆れた。
だが、そこへ新たな声が響いた。
「その金貨に触るな」
水路の奥から男が歩いてくる。
豪華な服。
金の指輪。
護衛を何人も連れている。
明らかに偉そうだ。
「誰?」
俺が聞く。
レナが答えた。
「財務官だ」
「え?」
俺は金貨を見る。
財務官を見る。
そしてレナを見る。
「こいつが黒幕?」
「おそらく」
「分かりやすいな」
財務官が怒鳴る。
「その女を捕らえろ!」
護衛たちが動く。
レナが構える。
俺は逃げようとした。
しかし――
「――待て」
財務官が俺を見る。
「お前は何者だ?」
「一般人です」
「レナと一緒にいる時点で一般人ではない」
「それは偏見ですよ」
「何を知っている?」
「何も」
「本当か?」
「本当です」
すると――
俺の能力が発動した。
『責任回避』。
空気が変わる。
財務官の護衛が一人、突然叫んだ。
「待ってください!」
「何だ!」
「この金貨、財務局の管理番号が刻まれています!」
財務官の顔が固まる。
「……」
「これは横流しされた公金です」
「違う!」
「では、なぜ地下水路に?」
「……」
別の護衛が言う。
「財務官、説明してください」
「お前たちまで何を言っている!」
「私たちは命令に従っただけです」
「そうだ!」
「俺たちは知らなかった」
「俺もだ」
責任の押し付け合いが始まった。
俺はその光景を眺めながら思った。
「この能力……」
強い。
直接攻撃する力はない。
魔法も使えない。
剣も弱い。
だけど――
面倒ごとを他人に押し付ける能力としては、最強かもしれない。
「カイ!」
レナが叫んだ。
「何です?」
「金庫だ!」
地下水路の奥。
巨大な扉があった。
レナが駆け寄る。
扉を開く。
そこには大量の書類。
帳簿。
そして――
王国の印章。
「証拠だ」
レナが呟いた。
俺も近づく。
「これがあれば、冤罪を晴らせる?」
「ああ」
「じゃあ、持って帰ろう」
「そう簡単にはいかない」
「何で?」
「外に兵士がいる」
「……」
俺は天井を見た。
どうしてこうなった。
三日前まで、俺は普通の生活をしていた。
今は地下水路で、国家規模の汚職事件に巻き込まれている。
しかも原因は――
楽して暮らしたい。
ただ、それだけ。
「レナ」
「何だ?」
「俺、思うんだけど」
「何を?」
「これ、俺たちが悪いことしてるみたいになってない?」
「なっているな」
「嫌なんだけど」
「私もだ」
二人で顔を見合わせる。
そして同時に言った。
「逃げよう」
「そうしよう」
その後。
俺たちは地下水路から脱出した。
証拠の帳簿を持って。
王国の税金を横領していた財務官は逮捕された。
レナへの指名手配は解除。
そして俺は――
翌朝。
ギルドの入口に貼られた新聞を見て、固まった。
『謎の冒険者、王国の不正を暴く!』
『若き英雄、地下水路から大量の公金を発見!』
『銀髪の剣士と謎の青年、王都を救う!』
「……」
俺は新聞を閉じた。
「俺、英雄になってる」
レナが横から覗き込む。
「そうだな」
「俺、何した?」
「地下水路で逃げ回っていた」
「だよな」
「あと、金貨を拾った」
「だよな」
「それから財務官に『働いている人は大変ですね』と言った」
「それだけ?」
「それだけだ」
俺は頭を抱えた。
そこへギルドの受付嬢がやってくる。
「カイさん」
「はい」
「国王陛下からお呼び出しです」
「……何で?」
「今回の件について、褒賞を授与したいそうです」
「褒賞?」
「はい」
「金?」
「おそらく」
俺は立ち上がった。
「行きます」
レナが呆れた顔をする。
「金なのか?」
「当然です」
「さっきまで面倒だと言っていたのに」
「話は別です」
俺は胸を張った。
「金は面倒じゃない」
この時の俺は知らなかった。
国王からの褒賞。
英雄認定。
王都での生活。
そして――
俺が望んでいた、
「楽して暮らせる人生」が、
この褒賞をきっかけに、
さらに遠ざかっていくことを。
――異世界生活、三日目。
俺は英雄になった。
なお、本人に英雄になった自覚はない。
あるのは、
「できれば働きたくない」
という強い意志だけだった。
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