第2話 異世界でも働きたくない奴は働きたくない
最近お金がなくなっている気がします。
「……で?」
翌朝。
俺はギルドの椅子に座っていた。
向かいには、昨日の銀髪少女――レナ。
そして、その隣には受付嬢。
俺は二人を交互に見る。
「何で俺、事情聴取されてるんですか?」
「昨夜、森で騒ぎを起こしたからです」
「俺は悪くないですよ」
「では、誰が悪いんですか?」
「狼」
「狼は事情聴取できません」
「じゃあ俺もできないってことで」
「できますから座ってください」
「……はい」
この世界の受付嬢は、俺が想像していたより強かった。
昨日の騒動について説明すると、どうやらレナが森にいた理由は『魔物討伐』だったらしい。
そして俺は、その途中で巻き込まれた。
「なるほど」
受付嬢が頷く。
「では、お二人はパーティーを組んだということで?」
「違います」
「違う」
俺とレナの声が重なった。
「私は、たまたま助けただけだ」
「俺は助けられただけです」
「なら問題ありませんね」
受付嬢は淡々と書類をまとめる。
「では、依頼報酬はこちらです」
差し出されたのは、銅貨三十枚。
俺が昨日受けた薬草採取の報酬。
ちなみに、薬草は一本も採っていない。
「俺、何もしてないですよ?」
「ですが、魔物討伐に巻き込まれましたので」
「それで?」
「討伐報酬の一部が出ています」
「へえ」
俺は銅貨を受け取った。
……なんだ。
異世界って、案外楽じゃないか。
「これだけで食べていけます?」
「無理です」
「ですよね」
一瞬で現実に戻された。
俺たちがギルドを出ると、レナが口を開いた。
「お前、これからどうする?」
「家を探します」
「金は?」
「ないです」
「仕事は?」
「したくないです」
「では、どうやって生きる?」
「…………」
俺は真剣に考えた。
「誰かの家に居候」
「却下」
「なぜです?」
「私の家を狙っているように聞こえる」
「違いますよ」
「本当か?」
「半分くらい」
「帰れ」
レナは冷たい。
しかし、よく見ると耳が赤い。
……照れているのかもしれない。
「もしかして、ツンデレですか?」
「何を言っている」
「いえ、こっちの話です」
俺は空を見上げた。
異世界の空は青い。
スマートフォンの画面には、無情にも『圏外』の文字。
「……帰れないんだよな」
ふと、そう思った。
今まで勢いで考えないようにしていた。
ここへ来た方法は覚えている。
でも、戻る方法は分からない。
元の世界には家族がいる。
仕事もある。
友人も――まあ、そんなに多くない。
俺は、少しだけ黙った。
「帰りたいのか?」
レナが聞いた。
「……分からない」
「そうか」
レナは、それ以上聞かなかった。
* * *
その日の昼。
俺たちは食堂で食事をしていた。
「パン一個、銅貨五枚」
「高くない?」
「普通だ」
「昨日より値上がりしてません?」
「昨日、食べてないだろ」
「……」
俺はパンを見つめた。
硬い。
まるで木材だ。
「これ、パンですか?」
「パンだ」
「石じゃなくて?」
「パンだ」
レナは何でもないように食べている。
俺も一口かじった。
歯が負けそうになった。
「これを毎日?」
「嫌なら食べるな」
「じゃあ食べます」
「食べるのか」
「生存に必要なので」
結局、パンを一個食べた。
その直後だった。
食堂の扉が開いた。
「王国兵だ!」
誰かが叫ぶ。
店内が一気にざわついた。
鎧を着た兵士が五人、入ってくる。
「レナという女を探している」
俺はレナを見る。
レナはパンを食べている。
「…………」
「…………」
「何ですか?」
レナが聞く。
「いや」
俺は声を落とした。
「何か心当たりあります?」
「ない」
「本当に?」
「ない」
兵士が店内を見回す。
「この女だ」
手配書が掲げられた。
銀髪。
赤い瞳。
剣。
……完全にレナだった。
そして、賞金――金貨十枚。
俺は金貨十枚を想像した。
金貨一枚で、数週間は暮らせるらしい。
十枚なら――
「…………」
レナが俺を見る。
「何を考えている?」
「いや」
俺は真剣な顔を作った。
「君を売れば、俺はしばらく働かなくて済むなと」
「お前……」
レナの手が剣に伸びた。
「冗談です」
「顔が本気だった」
「人生について真剣に考えていただけです」
「同じだ」
兵士が近づいてくる。
「その女を知っているか?」
俺はレナを見る。
レナも俺を見る。
ここで引き渡せば、金貨十枚。
俺は働かなくて済む。
最高だ。
完璧だ。
合理的だ。
「知りません」
俺は言った。
レナが驚く。
兵士も驚く。
「本当に?」
「はい」
その瞬間だった。
俺の頭の中で、何かが弾けた。
水晶玉で見た能力。
――『責任回避』。
空気が変わる。
「待て!」
兵士の一人が突然叫んだ。
「何だ!」
「手配書の日付がおかしい!」
「どういうことだ?」
「この女が罪を犯したのは三日前だ」
「だから?」
「三日前、王都にいたのは別人だぞ」
「…………」
兵士たちが顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「そもそも、この逮捕状は誰が発行した?」
「財務局だ」
「財務局?」
「いや、犯罪捜査なら司法局だろ」
「…………」
話が、どんどんおかしくなっていく。
最後には兵士同士で、
「お前が確認したんだろ!」
「俺は上から渡されただけだ!」
「じゃあ上って誰だ!」
と、揉め始めた。
俺は呆然と、その光景を見ていた。
レナが小声で聞く。
「……何をした?」
「何も」
「本当に?」
「何もしてない」
これだけは本当だった。
* * *
十分後。
兵士たちは帰っていった。
ただし、最後に一言だけ残して。
「この件は一度、財務局へ確認する!」
そう言って、食堂を出ていった。
店内が静まり返る。
レナが俺を見る。
「お前」
「はい」
「何者だ?」
「無職です」
「そういう意味じゃない」
俺は笑った。
「俺にも、よく分かりません」
* * *
その夜。
俺とレナは、安宿の一室にいた。
「何で俺までここに?」
「追われている以上、宿を変える必要がある」
「俺も?」
「お前は私を匿った」
「いや、嘘をついただけです」
「同じだ」
「違います」
「もういい」
レナはベッドに座った。
「私が王国から追われている理由を話す」
「聞きたくないです」
「聞け」
「はい」
逆らえなかった。
「私は、王国の税金が横流しされている証拠を見つけた」
「税金?」
「ああ」
「どれくらい?」
「かなりだ」
「具体的には?」
「金貨数千枚」
「…………」
俺は考えた。
数千枚。
それだけあれば――
「俺たち、働かなくても――」
「お前は黙っていろ」
「はい」
レナは続ける。
「証拠を王都へ持ち帰ろうとしたところ、私が犯人にされた」
「なるほど」
「だから追われている」
「じゃあ、本当に冤罪?」
「そうだ」
「それを証明する証拠は?」
「ある」
「どこに?」
「王都の地下に隠してある」
「…………」
嫌な予感がした。
「取りに行く必要がある」
「誰が?」
「私とお前」
「何で俺?」
「お前が私を助けたからだ」
「俺は助けてません」
「結果的に助けた」
「結果論じゃないですか」
レナは立ち上がった。
「明日の夜、地下水路へ行く」
「俺は?」
「来い」
「嫌です」
「来ないなら――」
レナは剣を抜いた。
「来い」
「分かりました」
俺は素直だった。
こうして俺は、異世界に来て二日目にして、
王国の汚職事件へ巻き込まれた。
楽して暮らす。
そのために異世界へ来たはずなのに。
「…………」
俺はベッドに倒れ込んだ。
「なんか、話が違わない?」
返事はなかった。
レナは、もう寝ていた。
異世界生活。
思ったよりブラックだった。
2話目も読んでいただきありがとうございました。
毎日更新していきたいです。




