第1話 転生特典が欲しいなら、自分で異世界へ行けばいいじゃない
## 前書き
異世界に行けば、人生は楽になる。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
働きたくない。
努力したくない。
できれば面倒なことは全部誰かに任せたい。
そんな人間が、現代日本で生きていくのは難しい。
ならば。
**異世界へ行けばいいじゃないか。**
トラックを待つ必要もない。
神様から声をかけられる必要もない。
召喚されるのを待つ必要もない。
自分で行けばいい。
……というわけで、自力で異世界へ向かった主人公。
しかし、異世界は思っていたほど甘くなかった。
入国には金がいる。
冒険者登録にも金がいる。
金がなければ働けと言われる。
そして、肝心の「転生特典」は――
**『責任回避』。**
果たしてこれはチートなのか。
それとも、ただの現実逃避なのか。
これは、
「努力したくない」という理由だけで異世界へ行った男が、
結局異世界でも働かされ、
借金を背負い、
面倒事に巻き込まれ、
なぜか国まで巻き込んでいく物語です。
――異世界でも、世知辛い。
# 第1話 転生特典が欲しいなら、自分で異世界へ行けばいいじゃない
俺は昔から、努力というものが嫌いだった。
誤解しないでほしい。
努力そのものが嫌いなわけではない。
努力した結果、何かを得るまで延々と努力し続けなければならない人生というシステムが嫌いなのだ。
たとえば、資格を取るために勉強する。
資格を取ったら仕事をする。
仕事をしたら昇進するために努力する。
昇進したら責任が増える。
責任が増えたらストレスが増える。
ストレスが増えたら酒を飲む。
酒を飲んだら健康診断で怒られる。
健康を取り戻すために運動する。
運動したら疲れる。
疲れたら寝る。
寝たら朝になる。
そしてまた仕事。
「……地獄じゃね?」
深夜二時。
俺は自宅の床に寝転がりながら、スマートフォンを眺めていた。
画面には異世界ファンタジーの小説。
主人公は異世界で無双している。
美少女に囲まれている。
家もある。
金もある。
何なら王様から直接褒美まで貰っている。
俺は画面を見ながら呟いた。
「異世界って、最高じゃないか」
もちろん、物語だから都合がいいことくらい分かっている。
だが、俺は思った。
――都合がいい世界があるなら、そこへ行けばいい。
人生において大切なのは、努力ではない。
環境だ。
ブラック企業に入ってしまった人間が「努力が足りない」と言われるのはおかしい。
魚に向かって、
「お前、もっと頑張って木に登れ」
と言っているようなものだ。
俺は魚ではない。
だから木にも登らない。
水の中で楽しく暮らせる場所を探す。
「異世界に行こう」
そう決めた。
きっかけは、本当にそれだけだった。
翌日から俺は異世界への行き方を調べ始めた。
転生。
転移。
召喚。
トラック。
神様。
いろいろある。
だが、待っているだけでは何も起きない。
トラックに轢かれる予定もないし、神様から電話がかかってくる気配もない。
そこで俺は考えた。
「自分から行けばいいじゃん」
我ながら天才だと思った。
問題は方法である。
そこでインターネットを駆使して調査した。
『異世界 行き方』
――ありません。
『異世界 ゲート 作り方』
――ありません。
『異世界 魔法陣 自作』
――怪しいサイトが大量に出てきた。
『異世界 行く方法 本当に行ける』
――「自己責任でお願いします」という文字がやたら多かった。
最終的に俺が手に入れたのは、古い魔法書一冊。
怪しいネットショップで売られていた。
値段、二千八百円。
「安いな」
説明欄には、
『効果には個人差があります』
と書かれていた。
「健康食品かよ」
それでも買った。
必要なものを揃えた。
蝋燭。
塩。
魔法陣を書くためのチョーク。
そして三日間の徹夜。
最後に部屋の床へ魔法陣を書き、俺はその中央に立った。
「異世界へ行きたい」
何も起きない。
「異世界へ行きたい!」
何も起きない。
「頼むから異世界へ行かせてください!」
何も――
パァンッ!
部屋の電球が割れた。
「うおっ!」
魔法陣が光る。
風が吹く。
床が揺れる。
俺は思った。
これは成功した。
俺は異世界へ行ける。
異世界で楽して暮らせる。
俺の人生はここから始まる。
そして――
「……寒っ」
目を開けると、草原だった。
青い空。
白い雲。
遠くには山。
そして巨大な城壁。
「……」
俺はしばらく黙っていた。
「成功した」
人生で初めて、努力が報われた瞬間だった。
俺は城壁へ向かって歩いた。
途中、何度か振り返った。
元の世界へ帰る方法は分からない。
でも、不思議と後悔はなかった。
むしろ清々しい。
スマートフォンも持っている。
財布もある。
ただし電波はない。
そして当然ながら、コンビニもない。
「……」
俺は立ち止まった。
「食料」
重要なことを忘れていた。
異世界生活。
初日。
俺は早くも食料問題に直面した。
城門に到着すると、鎧を着た兵士が俺を呼び止めた。
「止まれ」
「はい」
「身分証を」
「ありません」
「入国許可証は?」
「ありません」
「滞在目的は?」
「楽して暮らすためです」
兵士が黙った。
「……もう一度聞く」
「楽して暮らすためです」
「帰れ」
「嫌です」
「なぜだ」
「ここまで来たので」
兵士は頭を抱えた。
「この国では入国に銀貨一枚が必要だ」
「持ってません」
「働け」
「嫌です」
「……」
「……」
「お前、何しに来た?」
「異世界転移です」
「それは見れば分かる」
兵士はため息をつき、俺をじっと見た。
「冒険者ギルドへ行け」
「冒険者?」
「仕事を紹介してくれる」
「楽ですか?」
「人による」
「じゃあ俺には無理ですね」
「お前みたいな奴ほど、冒険者になるしかないんだよ」
結局、俺は城門の横にある簡易受付で仮入国証を発行してもらった。
料金、銀貨一枚。
借金として。
ギルドに入ると、受付には若い女性が座っていた。
「冒険者登録ですね?」
「はい」
「登録料は銀貨三枚です」
「借金できます?」
「できますよ」
「この国、借金に寛容ですね」
「返済に厳しいんです」
「ですよね」
俺は登録を済ませた。
「では適性検査をします」
「はい」
水晶玉に手を置く。
青白い光が走った。
受付嬢が目を見開いた。
「これは……」
「何か凄いですか?」
「いえ」
「いえ?」
「能力値が全部、平均以下です」
「……」
「魔力も少ないです」
「……」
「筋力も普通以下」
「……」
「幸運だけは、なぜか高いですね」
「それはいい」
「ただし、特殊技能があります」
俺は期待した。
異世界チート。
無限魔力。
時間停止。
収納魔法。
何でもいい。
「あなたの技能は――」
受付嬢が水晶を見つめる。
「『責任回避』です」
「……」
「自分に不都合な問題が発生した場合、なぜか責任の所在が他人へ移りやすくなる能力です」
「強くない?」
「使い方次第では」
「最高じゃん」
俺は笑った。
「これで楽して暮らせますか?」
受付嬢は少し考えた。
「……たぶん、余計に忙しくなると思います」
「なんで?」
「能力のせいで」
「それ、チート能力の説明として最悪じゃないですか」
俺は初めて、この異世界に不安を感じた。
その日の夕方。
俺は薬草採取の依頼を受けた。
報酬、銅貨三十枚。
森に入り、十分で飽きた。
二十分で疲れた。
三十分で寝た。
そして――
「おい」
「……」
「起きろ」
「あと五分」
「魔物が来ている」
「じゃあ五分後に起こしてください」
「今起きろ!」
目を開ける。
銀髪の少女が剣を構えていた。
美人だった。
いかにも異世界ファンタジーのヒロインという感じ。
「……」
「何だ」
「仲間になりませんか?」
「断る」
「即答ですね」
「お前みたいな奴と組む理由がない」
「俺、囮できますよ」
「……」
少女の目が少し変わった。
「それなら考える」
「よろしくお願いします」
「まだ決めてない」
少女はため息をついた。
「私はレナ」
「俺はカイ」
「カイか。何者だ?」
「異世界から来ました」
「……」
「信じます?」
「信じない」
「ですよね」
「ただ――」
レナは俺の後ろを見た。
「お前、何かに追われているな」
「え?」
振り返る。
森の奥から巨大な狼が現れた。
「……」
「……」
「これ、俺のせい?」
「知らない」
「逃げます?」
「戦え」
「俺、弱いですよ」
「知っている」
「じゃあ囮になります」
「最初からそう言っているだろ」
俺は走った。
人生で一番速く。
そして背後から狼の咆哮が響く。
「うわああああ!」
異世界初日。
俺のスローライフ計画は、開始三時間で破綻した。
ちなみに。
この時の俺はまだ知らなかった。
目の前を走る銀髪の少女が、王国から指名手配されている賞金首だということを。
そして彼女との出会いが、この国そのものをひっくり返すことになることも。
――知らない方が、幸せだったのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。
続きは頑張って考えます。気づいたら更新していきます。




