第11話 温かい涙
ツルモとラクラミキオアラはそのあとも様々な物語について語り合った。本について思いっ切り話が出来る相手が欲しくて仕方がなかったラクラミキオアラにとっては、夢のような時間だった。
午後二時を過ぎたとき、二人の心の中にお爺さんの声が同時に響いた。
「ツルモよ、もう午後二時じゃ。今から帰れば日のあるうちに森を出ることが出来るが、それも順調に進むことが出来れば、の話じゃ。険しい森の中のことじゃから、杖やわしの助けがあるとはいえ、何が起きるか分からん。そろそろ帰り支度を始めた方が良いぞ」
ツルモもラクラミキオアラも、お爺さんの言うことは完全に正しいと思った。しかし二人とも『もっと話したいのに…』と、心の中では同じことを思っていた。ツルモは残念そうに小さくため息をつき、少し俯いてから顔を上げてラクラミキオアラの顔を見た。ラクラミキオアラと目が合った瞬間、彼女も自分と全く同じ気持ちであるとツルモは直感的に分かった。直感する力があまり無い人でも分かるくらい、ラクラミキオアラの顔には『ちぇっ。もうおしまいか…』というしょんぼりした気持ちが表れていた。ツルモはそれが少し嬉しかった。しょんぼりしているということは、自分とおしゃべりする時間が楽しかったということだからだ。
「ラクラミキオアラ、俺、必ずまた来るから。約束するよ」
ツルモがそう言うと、ラクラミキオアラは「あ、そう?まあ、どうしても来たいって言うなら、別に来てもいいけど!」と言って斜め上に視線を逸らせた。ツルモは「ありがとう!楽しみにしてるね」といって、バッグに水筒などを戻して帰る準備をした。
「じゃあ、またね!」
ツルモはそう言って手を振り、ラクラミキオアラの部屋をあとにした。ラクラミキオアラは少し口を尖らせて手を振った。その表情は、顔で「ちぇっ」と言っているような表情だった。
ツルモが帰ってから一時間ほど経ったとき、ぽつぽつと雨が降り始めた。その雨は徐々に強さを増していき、あっという間に激しい土砂降りになった。その時点でツルモが去ってから一時間十分ほど経過していた。
「大変!ツルモ君は、森の中をあと二時間近く歩かなきゃいけないのに!水筒をしまっているときバッグの中が少し見えたけど、傘は入っていなかった気がする!」
すずらんの姿に戻っていたラクラミキオアラは大慌てで、まず心の中でお爺さんに話しかけた。「お爺さん!ツルモ君、傘持ってないよね?どうしよう!魔法でなんとかしてあげられる?」しばらくすると、お爺さんの返答が心の中に聞こえてきた。
「さっきから、濡れないようにする魔法をかけようとしているのじゃが…わしとツルモ君の居場所がかなり離れておるから、遠隔で魔法をかけるしかないのじゃ。遠隔だと効果が弱まってしまって、なかなか上手くいかない。そもそも濡れないようにする魔法は、本来、本人が目の前にいる状態じゃないとかけられないものなんじゃ」
「え〜っ!ツルモ君の様子は見えているでしょ?お爺さんの心の中で!どんな様子なの?」
「言いにくいのじゃが、既にずぶ濡れの状態じゃ。向かい風も吹いておるし、かなり辛そうじゃ。ああ…どうしたものか…困ったわい」
「お爺さん!わたし、行く!!」
ラクラミキオアラはそう叫んで、すぐに人間のような妖精の姿にメタモルフォーゼした。
「ダメじゃ!ラクラミキオアラ!おぬしは小さくて、か弱い、すずらんなのじゃぞ!こんな大雨の中、一時間も森の中を走ったら、ボロボロになって死んでしまうかも知れんのじゃ!」
「だって…だって!このままじゃツルモ君が死んじゃうよ!ごめんなさい、お爺さん。わたし、助けに行く!」
ラクラミキオアラはそう叫んで、土砂降りの大雨の中を駆け出した。綺麗な純白のワンピースは、あっという間に泥だらけになった。ツルモに会う前に綺麗に整えて三つ編みにしていた髪も、あっという間にびしょ濡れになって顔に張り付いた。ラクラミキオアラはそんなこと全く気にしていなかった。けれども何故か、涙が出てきた。雨に打たれながら走っていたら、涙が溢れてきた。それは悲しい涙では無かった。誰かのことを想う、温かい涙だった。ラクラミキオアラの純白のワンピースは、すずらんの花びらがメタモルフォーゼしたものだ。だから綿の衣類のように強くない。激しい雨に打たれて、少しずつ破れ始めていた。




