9.衝撃の事実──初夜の儀
アデン国 パール城 別館 ゆうの部屋
カオリが注いだグラスの水を一気に飲み干すゆう。
「カオリ! のぞみさんは!? 彼女は、もう……!」
ゆうの焦りをよそに、カオリは淡々と答える。
「のぞみ様がニヒル様に嫁がれるのは、まだ先でございます」
ゆうは、一瞬息を飲んだ。
まだ……間に合う。
「よかった……!」
安堵の息が漏れる。
だが、同時に いつまで猶予があるのか を確認しなければならなかった。
「カオリ……のぞみさんは、いつ嫁ぐことになる?」
カオリは、一呼吸置いてから、落ち着いた声で答える。
「5日後 でございます」
「…………!!」
ゆうの視界が、ぐらりと揺れる。
「い、5日後……!?」
思わず、自分でも情けないほど声が震えた。
たった 5日後 に、のぞみはニヒルに嫁がされる。
「カオリ……婚姻の儀が執り行われるって、それは、形式的なもの……?」
何か希望があるかもしれない、というわずかな願いを込めて問う。
しかし、カオリの返答は、まるで容赦がなかった。
「いいえ、婚姻の儀は、厳粛な儀式でございます」
「そ、それだけなのか?」
ゆうは、その先にある何かを感じ取っていた。
「いいえ、婚姻の儀の後、初夜の儀式が取り仕切られます 。」
「……!?」
「この国のしきたりにより、必ず結ばれることになっております 。」
瞬間、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。
「そんな……のぞみさんが、ニヒルと……!? 絶対に、絶対にそんなことさせられるわけがない!!」
ゆうは、ガタッと立ち上がりかけたが、力が抜けたように膝を折る。
頭がぐるぐると回り、まともに考えられない。
「……ゆう様?」
カオリが、不思議そうに首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「……なに言ってるんだ、カオリ……のぞみさんは……のぞみさんは僕の……!」
「……ゆう様?」
カオリの表情が、ほんのわずかに訝しげになる。
そして、少し言葉を選びながら、静かに言った。
「ゆう様は……なぜ、そこまで動揺なさるのですか?」
「そ、そんなの……!」
「のぞみ様は、もともとニヒル様に嫁ぐと決まっていたお方です 。」
カオリは、あくまで冷静に、丁寧に話を続ける。
しかし、その言葉一つ一つが、ゆうの心をえぐるように突き刺さる。
「初夜の儀式は、この国の正式な婚姻の証。これが執り行われることで、二人の関係は完全に結ばれるのです」
「……っ!!」
「それがしきたりです。何か問題でも?」
カオリの声音には、一切の悪意がない。
だからこそ 恐ろしいほど現実感を持って 、ゆうの耳に響いた。
ーーーのぞみさんが、ニヒルと結ばれる……!?
あり得ない。
認められない。
「……そんなこと、あってたまるか……!」
ゆうの拳が震える。
全身から汗がにじみ、喉が渇いていた。
ーーー5日後、のぞみさんが 完全に奪われる 。
絶対に、阻止しなければならない。
ゆうは部屋の中を行ったり来たりしながら、必死に思考を整理しようとする。
さっきまで、のぞみさんは クリスとヒーダの裁判を見ていた 。
裁判が終わると、彼女はニヒルに寄り添わされ、そのまま パール城へ連れて行かれた 。
今、のぞみさんはどこにいるんだ?
ゆうは振り返り、そばに控えている カオリ に尋ねる。
「カオリ、のぞみさんは今どこに?」
カオリは一瞬、ゆうをじっと見つめた。
まるで、なぜそんなことを気にするのか という疑問を抱いているかのようだった。
しかし、すぐにいつも通りの落ち着いた声で答える。
「ニヒル様とご一緒におられるはずです。」
「……っ!!」
ゆうの心臓が 一気に跳ね上がる 。
ニヒルと、今、一緒にいる!?
そんなの……嫌な予感しかしない……!
ニヒルはあの キザで、ニヤついた貴族特有の余裕を持つ男 だ。
「カ、カオリ……」
恐る恐る、次の言葉を続ける。
「ニヒルって……のぞみさんに 何かしない だろうな?」
「何か、とは?」
「……その……」
言葉が詰まる。
だが、この不安を口にしなければならなかった。
「……初夜の儀式を待たずに、のぞみさんに手を出すんじゃないか って……」
カオリは、淡々とした口調で答えた。
「アデン国の法により、婚約した者同士は、初夜の儀式まで交わりを持ってはいけない決まりになっております。」
「……!」
ゆうは 思わず大きく息を吐いた 。
よかった……。
この国の法律では、婚姻が正式に結ばれるまでは 何もできない ことになっている。
ならば、今はまだーー
「ですが」
カオリの声が静かに続く。
「それは あくまで法の上での話 です。」
「……え?」
「ニヒル様が法を破れば、初夜の儀式を待たない可能性もあります。」
「っ……!!」
「ニヒル様は王位継承権をお持ちの方。
つまり、それほどまでに 権力を持つお方 です。」
「…………」
ゆうの思考が、急速に混乱する。
不安が、一気に 極限へと達した 。
のぞみさんは、今どうしている!?
もしかして すでに……!?
ゆうの脳裏に、恐ろしい光景が浮かぶ。
ニヤけた顔のニヒルが、のぞみに迫る姿。
抵抗しても、強引に手を取られ、距離を縮められていく……。
「やめろ……!」
ゆうは ブルブルっと頭を振る 。
最悪の想像を、かき消すように。
「カオリ!!」
「……はい」
「のぞみさんが今 どうしているか、分からないのか!?」
カオリは、少しだけ考え込んだようだったが、やがて静かに首を横に振る。
「それは無理です。」
「……くそっ……!」
「……ゆう様、なぜそこまでのぞみ様のことを?」
「……っ!」
「お姉様だから、でしょうか?」
カオリの目が、不思議そうにゆうを見つめる。
まるで、何か 不可解なことを聞かれたかのような表情 だった。
ーーこの世界では、俺とのぞみさんは姉弟。
それが アデン国での立場 だった。
だから、カオリにとっては “弟が姉を気遣う” という範疇を超えた、何か強い執着を感じたのだろう。
「……!」
ゆうは、冷や汗をかきながら のぞみさんが今どうしているのか、何か方法はないか 必死に考えた。
「……!!」
その時、ゆうは あることを思い出す。
占いの館ふわりとマム。
現実世界で、自分がいた場所。
そこで出会った マム 。
店主のふわりは、彼女についてこう言っていた。
「マムはまだ修行中だけど、大きな力を持っている」
もしも、マムが このアデン国にもいるとしたら……!?
彼女の力を借りることができるのではないか!?
「カオリ!」
ゆうは、急いで問いかける。
「マムっていう 小柄な女性 を知らないか!?」
カオリは、少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに静かに頷いた。
「……知っています」
「!!」
ゆうは、カオリに詰め寄った。
「どこにいる!? 何をしてる!?」
カオリは、落ち着いた様子で答える。
「確か……誰かの従者をしているはずです。」
「従者……!?」
「はい。どなたの従者かは、分かりませんが……。」
「くっ……!」
マムはいる。
しかし、どこで 誰に仕えているのか分からない 。
焦りで胸が締めつけられる。
ニヒルがのぞみさんに何かする前に、どうにかしなければ……!!




