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占いの館で彼女を奪われ、異世界で王族の婚約者にされたので、僕は必ず取り戻す  作者: 播磨 颯太


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40.運命の儀──閉ざされる聖堂

アデン国 パール城 王族の教会


荘厳なパイプオルガンの旋律が、教会の広い空間に響き渡る。高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、壁には純金と瑠璃で装飾された豪奢なシャンデリアがいくつも下がっていた。ステンドグラス越しの淡い光が、静寂を帯びた空間を神秘的に照らしている。


王族専用のこの教会には、アデン国の上級貴族、そして近隣諸国からの来賓がずらりと列席していた。厳かな雰囲気の中、貴族たちは期待と好奇の視線を入り口へ向けている。


バァンッ──


扉が開かれた。


堂々と前を歩くニヒル。その隣には、彼の腕を組まされたまま、うつむきがちに進むのぞみの姿があった。


ニヒルは満足げに唇を歪める。長い白の礼服を纏い、肩には金糸で紋章が刺繍されている。彼の背筋は伸び、まるで勝利を確信したかのような歩き方だった。


対照的に、のぞみの顔は青ざめ、唇は固く結ばれていた。纏っているのは、純白のシルクのドレス。繊細なレースと宝石の刺繍が施された美しい衣装が、彼女の儚さを際立たせていた。しかし、その美しい姿とは裏腹に、彼女の足取りは重い。まるで牢獄へ引きずられていく囚人のように。


──組まされている。

彼の腕を掴んでいるのは私じゃない。

私の意志じゃない。


心の中でそう叫びながら、のぞみは歩き続けた。


「新郎、新婦、前へ──」


司祭の声が響く。


長いバージンロードを歩ききり、二人は司祭の前に並ぶ。


大勢の貴族たちが見守る中、婚姻の儀が始まった。


指輪交換


「では、指輪の交換を」


司祭が静かに告げると、侍従が純白のクッションに乗せた二つの指輪を差し出した。


ニヒルが先に手を伸ばす。


のぞみの左手を乱暴に掴むと、指輪をゆっくりと嵌めた。


「……これで、君は正式に私のものだ」


低く囁くその声に、のぞみの体がこわばる。


続いてのぞみの番だった。彼女は震える指で指輪を持ち上げると、ニヒルの指にそっと滑らせた。その手は氷のように冷たい。


──違う、こんなの違う。

本当に交わしたかったのは、ゆう君と……


そう思った瞬間、強烈な喪失感が襲い、のぞみの胸が締め付けられる。


「これより、婚姻は成立と──」


司祭が言いかけたその時だった。


「待て」


ニヒルの声が響く。


「誓いのキスを忘れているぞ」


教会内が一瞬ざわめく。


──アデン国には、誓いのキスの習慣はない。


しかし司祭は、怯えたように目を伏せた。事前にニヒルに脅され、従うしかなかったのだろう。


「……では、新郎新婦は誓いのキスを」


のぞみの体が一瞬、硬直する。


ニヒルがゆっくりと顔を寄せた。


近い──いや、イヤだ!!


のぞみは咄嗟に顔を背けた。


──イヤ、絶対に。

私の唇はゆう君だけのもの。

こんなやつなんかに、絶対イヤ!!


ニヒルは少し不満そうに眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。


(クククッ……この後には初夜の儀がある。ここで拒まれるくらい、どうってことはない)


余裕の笑みを浮かべ、のぞみを見つめる。


司祭が改めて、婚姻の成立を宣言した。


教会内には大きな拍手が響き渡る。


のぞみはその音が遠く聞こえた。まるで自分が別世界にいるかのように。


ついに初夜の儀へ


「続いては、初夜の儀に参ります」


司祭がそう告げると、教会の奥にある聖堂の扉が開かれた。


その向こうには、シルクのシーツが敷かれた大きな寝台。


周囲には、厳粛な表情を浮かべた六人の神官が立っている。


のぞみの背筋に冷たいものが走る。


参列者たちは微笑みながら、その扉へと歩く二人を見守っていた。


ニヒルがのぞみの腕をぐいっと引っ張る。


「さあ、行こうか」


のぞみは抵抗する間もなく、強引に扉の前まで引きずられた。


扉の向こうには、冷たく整えられた空間が待っている。


見たくない。行きたくない。


なのに、ニヒルの手は彼女を無理矢理前へと進ませる。


扉の中に足を踏み入れると、参列者たちの拍手が再び響いた。


のぞみの絶望は、もう言葉にならなかった。


漆黒の大理石の床に、燭台の揺らめく炎が長い影を落とす。

聖堂は静寂に包まれていた。


しかし、それは単なる静けさではない。

ここに満ちているのは、息を潜めた期待と、押し殺した恐怖。

ニヒルがのぞみの手を強引に引き、薄闇の中へと踏み入れた。


ここは「初夜の儀」のためだけに設えられた聖堂。

壁には神聖な紋章が彫られ、天井には金箔を施したドームが広がる。

中央には、シルクのシーツに覆われた大きな寝台。

その周りを、白い法衣に身を包んだ六人の神官が囲んでいた。


ニヒルは満足げに息を吐いた。

この場所で、幾人もの「花嫁」と契りを交わしてきた。

そして飽きれば、乗り換える。

その繰り返しに、もはや何の感慨もない。


ただ、一つだけ違うことがある。

今回は、自分が最も気に入った「美しき獲物」だということ。


──こやつだけなのだ。私の子孫を宿せるのは


ニヒルはチラリとのぞみを見た。

顔を伏せたまま、唇を噛み締め、微動だにしない。

その様子に、ニヒルは喉の奥で笑う。


「クククッ……何度聞いても、この儀式の説明は気分が高揚するな」


彼はすでに、これから自分が行うことを頭の中で反芻していた。

そのたびに、ぞくぞくと血が沸き立つような感覚に襲われる。


──これが、アデン国の正しき婚姻の証。


そして、のぞみは今から、自分のものとなるのだ。


祭壇の前に立つ神官長が、静かに口を開く。

長く白い髭をたたえ、威厳に満ちたその表情は、何一つ感情を含んでいない。


「神聖なる誓約を交わした者たちよ、今宵ここにて、神の御前において正式なる夫婦の契りを結ぶ時が来た」


声は低く、響くように堂内に広がる。

ニヒルは神官長の言葉を楽しむように、目を細めて聞いていた。


「まず、初夜の儀は神聖なる五つの段階を経て行われる。

 第一に、『神の御前での誓い』。

 第二に、『花嫁の解放』。

 第三に、『証の確認』。

 第四に、『契りの交わり』。

 第五に、『神官の証』。」


神官たちが一斉に祈りを捧げる。

低く響く声が重なり合い、静かだった室内に神秘的な雰囲気が広がる。


のぞみは、ただ黙って目を閉じていた。

考えたくない。

何も、考えたくない。


しかし、ゆうが人質に取られていることを思うと、身体が硬直する。

逃げられない。

逃げられるはずがない。



「神の御前での誓いを始めます」


神官長が、誓いの言葉を紡ぎ始める。


「汝、ニヒル。神の名のもとに、汝の妻となる者を愛し、慈しみ、その身を守ることを誓うか?」


ニヒルは片膝をつき、余裕の笑みを浮かべながら答えた。


「誓おう。我が花嫁に、永遠の忠誠を捧げると。」


嘘ばかりの言葉。

しかし、それを咎める者はいない。


神官長はゆっくりとのぞみの方を向く。


「汝、のぞみ。神の名のもとに、夫となる者を敬い、従い、その身を委ねることを誓うか?」


のぞみの肩が震えた。


「……」


口が開かない。

言葉が出ない。


ニヒルがゆうの首に刃を当てている場面が脳裏をよぎる。

ここで拒めば、どうなるのかはわかっていた。


唇を噛み、目を閉じ、震える声で答える。


「……誓います。」


その瞬間、自分の中で何かが崩れ落ちる音がした。


誓いが終わると、ニヒルは愉快そうにニタリと笑い、のぞみを見つめる。


「それでは、花嫁の解放、証の確認へと進みます」


司祭が冷酷に読み上げる。

のぞみは目の前に見える物が、モノクロームに見えていた。


「花嫁は前にお進みください」


のぞみは動かない。

身体が、鉛のように重い。


すると、三人のシスターが彼女の周囲に近づいてきた。


「前へ…」


のぞみはシスターに押し出されるように前に進む。

すると修道院長が、小さく囁いた。


「お召し物を」


途端に、背筋が凍りついた。


まさか。

まさか、ここで。

こんなに人がいるのに。


のぞみの両腕を、残り二人のシスターがそっと掴む。


ドレスの裾が、そっと引かれる感触がした。


「いや……」


のぞみの顔から血の気が引く。


「いや、絶対にイヤ!」


声を張り上げることはできない。

それでも、必死に身を捩る。


「こんなに人がいるのに、絶対にイヤ!」


それでも、儀式は進んでいく。


神官たちは、何一つ表情を変えず、ただ「証明」の瞬間を待ち続けている。

ニヒルは余裕の笑みを浮かべ、じっくりとその様子を楽しんでいた。


──果たして、この儀式は「成立」するのか?

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