39. 初夜の儀の全貌──のぞみの絶望
アデン国 パール城 牢獄
鉄の扉が開いた瞬間、冷たい石の床を引きずられるようにして、ゆうは暗闇の中へ投げ込まれた。全身に走る鈍い痛みを噛み殺しながら、荒い息を吐く。
「ふん……これが”ヘーラーの使い手”か」
低く唸るような声が牢内に響いた。
ゆうが顔を上げると、そこに立っていたのは巨大な男——ガイメン。
分厚い筋肉に覆われた体躯、鋭い目つき、そして、鎖につながれたまま横たわる一人の女性——ヒーダ。
彼女は昨日、禁忌の罪の罰として「屈辱の三日間」を終えたばかりだった。
肌は青白く、唇はかすかに震え、かつて王宮でも知られた誇り高き女性の面影は、そこにはほとんど残っていなかった。
ただ、虚ろな瞳のまま、壁にもたれかかり、ゆうをじっと見ていた。
「た……たすけて……もう…やめて…」
掠れた声が暗闇に落ちる。
ゆうはヒーダがどんな目に遭ったのかすぐに理解できた。その絶望感がひしひしと伝わってきた。
ガイメンはゆうの前にゆっくりと歩み寄る。
その目は冷酷で、まるで獲物を品定めする獣のようだった。
「立て」
ゆうは殴られたような衝撃を背中に受け、強制的に立たされる。
次の瞬間、ガイメンの巨大な手がゆうの両腕を掴み、壁に吊るされた鉄の腕輪にねじ込んだ。
ガシャンッ!
金属が噛み合う冷たい音が、牢獄の沈黙を切り裂く。
「お前がここにいる理由……まあ、嫌でも思い知ることになる」
ガイメンはゆうの顔を嘲笑うように見下ろしながら、ゆっくりと牢の扉へと歩いていった。
ギギ……バタン!!!
重たい鉄の扉が音を立てて閉まると、牢獄は再び闇に閉ざされた。
沈黙の中、ゆうは自分の両手を見上げる。
——このまま、終わるのか……?
ーーー
王族の間
「では、次に婚姻の儀の流れについて説明いたします」
司祭の穏やかな声が広間に響く。
のぞみは絢爛な装飾の施された椅子に座っていたが、その瞳には生気がなかった。
「儀式は満月が天頂に昇る時、神殿の中心で行われます。新郎である王族ニヒル様は、神の御前に立ち、新婦であるあなたはその隣に並びます。そして、神官たちが古き誓いの言葉を唱えた後、新郎があなたの指に神聖な指輪をはめることで、婚姻が成立するのです」
のぞみは黙って聞いていた。
その手は膝の上で強く握りしめられ、指先が白くなっていた。
「婚姻の儀を終えたその後、時を置かずに、初夜の儀が執り行われます。これは王家の婚姻において神への奉納とされる厳粛な儀です」
のぞみの心臓が強く締め付けられた。
——初夜の儀……。
「……………」
のぞみは拒否はできなかった。
しかし本当はこんな儀式、絶対に受け入れたくない。
でも、拒めばゆうの命がない。
司祭は冷静に頷き、「では、聖堂へお進みください。そこで初夜の儀について、より詳しい説明を受けていただきます」と告げた。
のぞみは立ち上がる。
足元がかすかにふらつくのを感じながらも、なんとか歩き出した。
ーーーー
聖堂に入ると、静寂が支配していた。
中央に立っていたのは、純白の修道服に身を包んだシスター。
「初めまして、王妃様」
のぞみは反射的に首を振りそうになった。
私は王妃なんかじゃない。
でも、それを言っても意味はないのだと、すぐに悟った。
「初夜の儀は、神聖なる婚姻の証として行われます。新郎新婦は、天上の神に誓いを立て、その契りを交わすのです」
「……」
のぞみは唇を噛んだ。
「聖堂には大きな寝台が置かれ、純白のシルクのシーツが敷かれています。神官たちはその周囲を囲み、聖なる言葉を唱え、儀の最後まで見届けます。」
「……神官が、見ているの?」
思わずのぞみは呟いた。
「はい。儀式ですので。」
心臓が、ぎゅっと縮こまる。
知らなかった。そんなこと、知らなかった。
逃げられないのは分かっていたけれど、まさかここまでとは——。
「私達シスターも、証人として立ち合います」
シスターの手が、ゆっくりとのぞみの肩に触れる。
その指先は優しいはずなのに、氷のように冷たく感じられた。
「まず、花嫁の衣を解きます」
のぞみの呼吸が浅くなる。
「その後、神官の導きにより……花嫁は石畳の床に身を横たえます」
石畳。
その言葉だけで、背筋に冷たいものが走る。
「仰向けに。膝を曲げて、身をかがめ…」
――そんな…みんな見てる前で…
のぞみの視界が揺れた。
足元が崩れ落ちそうになるのを、かろうじて堪える。
「……6人の神官が純潔の証を確認し、儀の遂行が可能であることを宣言します」
その一文に、空気が一段と重く沈んだ。
――純潔の証って…私…もう、ゆう君と…
のぞみの唇が、かすかに震える。
顔色は、青を通り越して白に近い。
「純潔の証が確認がされた後、花嫁は寝台へ――」
――確認できなければ、殺されてしまうの?
シスターは、説明を続ける。
「そして新郎もまた、そこへ上がります」
寝台へと視線を向けた瞬間、胸が締めつけられた。
あそこに、上がる。
逃げ場のない場所へ。
「二人は天上の神に誓いを立て、神官たちの立ち会いのもと――その契りを交わします」
六人の神官たちは、無言のまま整然と並んでいる。
その視線には感情がない。ただ“儀式”を見届ける存在として、そこに立っているだけだ。
のぞみの喉が、かすかに鳴った。
「……その後、花嫁が新郎の精を受けたことを、神官が確認します」
淡々とした説明。
あまりにも冷静で、あまりにも揺るぎない。
「確認は、六名全員によって行われます」
逃れられない。
誰一人として、見逃すことはない。
その事実が、のぞみの胸を深く抉る。
「すべてが終われば、神官長が――儀の成立を宣言します」
シスターの声は、最後まで静かだった。
「そして……証の痕が残るシーツは、神へと捧げられます」
言葉が終わる。
沈黙。
重く、息苦しいほどの静寂が広間を覆う。
ぽたり、と。
のぞみの頬を、一筋の涙が伝った。
そのまま、次々と零れ落ちる。
止めようとする意志すら、もう残っていなかった。
唇がわずかに開く。
「……ゆう君……」
か細い、消え入りそうな声。
その名が、広間の空気に溶けていく。
——ダメだ。こんなの、絶対にイヤだ。
でも、ゆうの命が……。
「……分かりました」
のぞみは震える声で答えた。
シスターは静かに微笑む。
「では、その時までに心を整えておいてください」
のぞみは俯きながら、重い足取りで部屋を出た。
心の奥で何かが壊れかけているのを感じながら。
ゆう君、今どこにいるの……?
どうか、生きていて……。
——のぞみの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。




