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占いの館で彼女を奪われ、異世界で王族の婚約者にされたので、僕は必ず取り戻す  作者: 播磨 颯太


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27.帰還の絶望──立ちはだかる影

アデン国――ピユウ山からパール城へ続く帰路。


「はっ……はっ……行けッ!!」


ゆうは馬の腹を蹴り、喉を震わせるように声を張り上げながら、山道を全力で駆け下りていた。


風が顔を打つ。視界の端で木々が流れる。蹄が地面を叩く音が、一定のリズムで激しく鼓膜を揺らす。


止める気はなかった。


いや、止めるという選択肢が存在しなかった。


(当たった……確かに……当たった)


あの感触。


あの鈍い音。


吹き矢は確実にニヒルの左胸――心臓の位置に突き刺さった。


毒も、間違いなく仕込まれている。


(終わった……終わったんだ……!)


胸の奥に、これまで抑え込んでいた何かが一気に溢れ出す。


安堵。


高揚。


そして――希望。


「のぞみさん……!」


思わず、声が漏れる。


(帰れる……帰れるよ……!)


あの場所へ。


現世へ。


占いの館ふわりとマムへ。


二人で一緒に。


ゆうはさらに手綱を強く引き、馬の速度を上げる。


だが同時に、不安もよぎる。


(……大丈夫か……?)


馬の呼吸は荒く、首筋には泡のような汗が浮いている。


長時間の全力疾走で限界は近い。


(もってくれ……もう少しだけ……!)


背後に意識を向ける。


追手の気配はない。


誰も来ていない。


(……気づいていないのか……それとも……)


いや、考えるな。


今は前だけを見る。


木々が途切れ、視界が開ける。


遠くに――石の城壁。


パール城。


「……見えた……!」


胸が高鳴る。


(あと少し……あと少しで……!)


ゆうは歯を食いしばり、最後の力を馬に預ける。


そして――


城門をくぐった瞬間。


ドサッ。


鈍い音。


馬の体が崩れる。


「……っ!」


ゆうは地面に叩きつけられる。


振り返る。


馬はそのまま地面に倒れ込み、荒い息を繰り返している。


限界だった。


「……ありがとう……」


短く呟き、手綱を離す。


(間に合った……)


それだけで十分だった。


ゆうは踵を返し、そのまま城内を駆け出す。


石の廊下。


足音が響く。


迷いなく、自分の部屋へと向かう。


扉を押し開け叫ぶ。


「カオリ!!」


部屋にいたカオリが、驚いたように振り向く。


「ゆう様……!?どうなさったのです、そのお顔……」


息を切らしたゆうの様子に、ただならぬものを感じ取る。


ゆうは間髪入れずに問う。


「ニヒルの部屋はどこだ!?」


「……え……?」


一瞬、理解が追いつかない表情。


「王族の居室でございます、貴族が立ち入ることは――」


「構わない、教えてくれ!」


言葉を遮る。


その目は、決意に満ちている。


(もう時間がない……!)


カオリは一瞬ためらうが、やがて小さく息を吐き、声を落として答える。


「……承知いたしました、ただし厳重な警備がございます」


そして、手早く説明する。


「王族区画は三重の警備で守られております、まず外周に常駐する衛兵が通行証を確認し、次に内門では身分照合と同行者の有無を厳しく確認され、最後に居室前には近衛が配置され、許可なき者はその場で拘束されます」


「さらに、異常時には回廊の隔壁が下り、区画そのものが封鎖される仕組みでございます」


ゆうは頷く。


(関係ない……行くしかない)


「ありがとう」


短く言い残し、ゆうは踵を返す。


扉を開け、廊下へ出る。


その瞬間、遠くから怒号が響いた。


「閉鎖だ!!城を閉鎖せよ!!」


空気が一変する。


衛兵たちの足音。


走る気配。


(……まさか……)


嫌な予感。


「全区画封鎖!外部との出入りを禁ずる!」


「犯人を逃がすな!」


(……もう伝わったのか……!)


ニヒル暗殺。


あまりにも早い。


ゆうは歯を食いしばり、すぐさま部屋へと戻る。


扉を閉める。


次の瞬間。


ドンッ!!


激しく叩かれる。


「開けろ!」


扉が開く。


衛兵が数名、なだれ込むように入ってくる。


鋭い視線。


緊張。


その一人が、ゆうへ向かって深く頭を下げながらも、張り詰めた声で告げる。


「ゆう様、恐れながら申し上げます、先ほどニヒル様に対する襲撃が発生いたしました、現在犯人捜索のため城内は完全封鎖されております、すべての貴族は自室待機を命じられておりますので、何卒ご協力をお願いいたします」


形式上は丁寧。


だが、その空気は明らかに尋常ではない。


ゆうは何も言わず、ただ頷く。


衛兵たちは周囲を確認し、やがて退室する。


扉が閉まる。


静寂。


その中で、カオリがゆうの耳元にそっと顔を寄せる。


「……おそらく、狩場から光信号で伝達されたものと思われます」


小声。


「太陽光を反射させる伝達法でございます、緊急時には城まで即時に報が届きます」


ゆうは目を閉じる。


(……あと少しだったのに……)


拳を握る。


ほんの、わずかな差。


それだけで届かなかった。


廊下の向こうから、慌ただしい声が響く。


「隅々まで探せ!」


「不審者を見逃すな!」


足音が行き交う。


包囲が、狭まっていく。


そのとき。


再び――扉が乱暴に開かれる。


バンッ!!


反射的に視線を向ける。


そこに立っていたのは――


衛兵。


その奥。


囲まれるようにして、ゆっくりと入ってくる人物。


ゆうの呼吸が止まる。


(……そんな……)


信じられない。


あり得ない。


「……ニヒル……」


思わず、声が漏れる。


確かに見たはずだ。


確かに当てたはずだ。


そのはずの男が――


何事もなかったかのように、そこに立っていた。


口元に、薄い笑みを浮かべて。


ゆうの背筋を、冷たいものがゆっくりと這い上がっていく。


ニヒルの瞳が、ゆうをまっすぐに射抜く。


その笑みは、

「すべて分かっている」

と言わんばかりだった。


ゆうの心臓が、ひとつ大きく跳ねる。


――なぜだ…なぜお前がそこにいる。

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