18.三頭の獅子──隠された扉
アデン国 パール城 中庭 王族席
のぞみは席を立った。
足を踏み出した瞬間——
ガッ——!!
鋭い力が腕を掴む。
「……っ!」
驚いて振り向くと、そこにいたのは——ニヒル。
黒衣の貴族服を纏い、冷たい眼差しを向ける彼が、まるで蛇のようにのぞみの腕を絡め取っていた。
「どこへ行くのだ?」
静かな声。しかし、その声には圧がある。
のぞみは一瞬、何も答えられなかった。
ニヒルの指が微かに食い込む。
「……どこへ行くのだと聞いている。」
ぐっと、近づく。
その冷たい瞳に射すくめられ、のぞみは息を呑んだ。
まるで、心の奥底まで見透かされているかのような感覚。
まずい——この男は鋭い。下手に動けば、すべてを見抜かれる。
だが、のぞみは決して表情を崩さず、静かに言った。
「……私の口から言わせないでください。」
一瞬の沈黙。
そして——
「……そうか。用足しか。」
ニヒルはすっと手を離した。
「すぐ戻るのだ。」
——成功した。
のぞみは微かに息をつき、ゆっくりと席を離れる。
だが、背後からの視線が突き刺さる。
ニヒルは、まだ彼女の動きを見ている——
(油断できない……)
だが、止まるわけにはいかない。
のぞみは足を進め、王族席を抜けると、そこから一気に駆け出した。
———
パール城 廊下
のぞみはドレスの裾を気にする余裕もなく走る。
しかし——
(……くっ、走りづらい!)
広がるスカートが足に絡みつき、動きを阻害する。
もどかしさに耐えかねて、のぞみは思い切ってドレスの裾を持ち上げた。
白く美しい脚が露わになる。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
ヒメンが言っていた——この長い廊下を進めば、目的の広間がある。
のぞみは駆ける。
冷たい石の床を蹴り、重厚な装飾が施された柱の間をすり抜け、広間の扉を目指す。
「……あった!」
のぞみの瞳が、目の前の大きな扉を捉えた。
扉を押し開け、中に飛び込む。
そこは円形の広間。
高い天井から美しいシャンデリアが吊るされ、壁には精巧な装飾が施されている。
だが、のぞみの目が探しているのは——
獅子の絵画。
(どこ!?)
視線を巡らせる。
そして——あった!
壁に掛けられた、三枚の獅子の絵画。
一番右……
——いや、違う。
のぞみは一瞬、息を詰まらせた。
(思っていたのと違う……!?)
彼女が想像していたのは、三枚の絵が横に並んでいる形だった。
だが、実際は違った。
広間は円形になっており、三枚の獅子の絵画は等間隔で壁に飾られている。
——これでは、右も左も真ん中も無い。
のぞみの背筋に冷たい汗が伝う。
(……まずい。)
時間がない。
長くここにいれば、誰かに怪しまれる。
でも、マムのメモは確かにこの絵を指していたはず。
この三つの中の、どれか——絶対に何かがある。
のぞみの心臓が、強く鳴った。
息が浅くなる。焦るな、落ち着け。
目の前の三枚の絵画には、それぞれ堂々とした獅子が描かれている。
右端のライオンが大きい——マムのメモはそうなっている。
だが、どう見ても三頭の獅子の大きさは同じだ。
「違う…何が違うの…?」
額に滲む汗を拭う暇もない。
視線を絵画の細部へと滑らせる。
「…向き?」
一枚目の獅子は左を向いている。
二枚目の獅子は右。
ならば、三枚目の獅子は——
「右!? …ダメ、法則が崩れた」
これじゃない。
見なければならないのは、獅子ではないのか?
のぞみの背筋を冷たい戦慄が駆け抜ける。
長く席を離れすぎた。
「…何か騒がしい?」
遠くから、誰かが怒鳴る声。
鋭く響く足音。
——ニヒルが気づいた!?
心臓が跳ねる。
時間がない!! 早く、早く…!!
「右端のライオンが大きいって、どういう意味…? …右…?」
のぞみの視界の端で、ぼんやりと浮かび上がるものがあった。
——月。
まさか——
一つ目の絵画、月の位置は左。
二つ目の絵画、月の位置は真ん中。
三つ目の絵画、月の位置は——
「右…!!」
これだ!!
視界が鮮明になった。
これまで何度も見落としていたものが、今ようやく線として繋がる。
マムは「獅子の絵画」を指定した。
だが、その獅子ではなく、月の位置が鍵だったんだ!
「やっぱり、マムは…!」
のぞみは震える指で、絵画の下をなぞる。
そこには、小さなボタンが三つ——それぞれの絵画の下に。
「これを押せってこと…?」
一瞬、喉がカラカラに乾いた。
もし違ったら…
この城の罠が発動すれば、ただでは済まない。
広間の外で足音が増える。
追っ手が、迫る。
「……もう、時間がない!!」
のぞみは決断した。
マムを信じる。
三つ目の絵画。
月が右にある。
それを示すボタンを——
「っ…!!!」
押した瞬間、壁が音もなく開いた。
まるで忍者屋敷の返し扉のように、のぞみの身体を吸い込んでいく。
「きゃっ!!!」
足元が崩れ、バランスを失う。
そのまま闇の向こうへ、吸い込まれる。
「おい、いるぞ!! こっちだ!!」
広間に追っ手が雪崩れ込む。
一瞬前まで、のぞみがいた場所。
開いた壁の扉は、静かに閉じかけている。
果たして、のぞみはこの先で何を目にするのか——。




