16.嫉妬の炎──ゆう、覚醒
アデン国 パール城 中庭 11:00
轟々と湧き立つ群衆の熱気が、中庭の空気を灼熱の炎のように揺らめかせる。興奮冷めやらぬまま、第一試合の勝者ベルマーが運び出されると、進行役のシャッセが次なる戦士の名を高らかに読み上げた。
「第二試合ッ!!」
彼の大声が会場全体を震わせる。
「ジロォォォーム!!」
その名が響き渡ると、観客の反応は一瞬の沈黙。しかしすぐに、彼を知る者たちが低くどよめいた。昨日、クリスとヒーダを裁いた裁判長。今やただの老人に見えるが、かつては戦場を無双した男。
静かにジロームが前に進む。ゆったりとした動きの中にも隙がない。
「そして…」
シャッセが次の名を読み上げた。
「ゆぅぅぅぅぅぅうううう!!!」
一瞬の沈黙の後——会場が爆発したように笑い声と嘲笑が巻き起こる。
「な、なんだあの若造!?」
「場違いもいいとこだ!」
「賭けにならん!ジロームに全額だ!」
あちこちで賭け金が飛び交い、ゆうの勝利に賭ける者は皆無だった。
のぞみは唇を噛み締めた。
(ゆう君…なぜ…)
目の前で展開される悪夢のような光景に、彼女の心は張り裂けそうだった。
試合は騎馬戦形式。すでに2頭の馬が用意されている。
ジロームは悠然と馬に跨った。慣れた動作で手綱を引き、まるで馬と一体化しているかのように見える。
一方、ゆうは——
「う、うわっ…!」
馬の背に乗ろうとするが、バランスを崩し、何度も滑り落ちそうになる。観客席は爆笑の渦に包まれた。
「戦う前に落馬するぞ!」
「もう降参したほうがいいんじゃないか?」
のぞみは胸が締め付けられるような思いで見つめた。
(やめて…やめて、ゆう君…!!)
しかし、なんとか馬の背に座ることに成功したその瞬間——
ゆうの視線が王族席に向けられた。
そこにいたのは、ニヒル。
そして——のぞみを抱き寄せたまま、こちらを見ていた。
「…ッ!!」
ゆうの心が、一瞬にして燃え上がる。
ニヒルは挑発的に微笑むと、わざとゆうに見せつけるように、のぞみの肩を強く引き寄せた。のぞみは顔を背け、必死に抵抗しようとする。しかし、ニヒルはそれを許さず、彼女を腕の中に閉じ込めた。
怒りが、弾けた。
「……ッッ!!」
ゆうの周囲に、ボゥッと青白い光が浮かぶ。まるで空間が歪んだかのように、その場の空気が一変した。
観客たちは思わず言葉を失う。さっきまでひ弱だった青年が、別人のように馬上にまっすぐ座っている。背筋が伸び、目には鋭い光が宿っていた。
——その瞬間、戦士が生まれた。
「……!」
ジロームは一瞬だけ目を細めると、静かに剣を抜いた。
その様子を見ていた者がいた。
貴族席の端。そこに立つ、小柄な少女——マム。
彼女の横に、すっと気配が現れた。
「……ふわり様。」
マムが小さな声で呟く。
彼女の隣には、貴族の衣を纏った美しい女性が立っていた。
ふわり。
「マム。」
ふわりは、ゆうを見つめたまま尋ねる。
「——ゆうに、何を与えましたか?」
「……へーラーを。」
マムは、小さく答えた。
ふわりは目を細め、口元に微かな笑みを浮かべた。
「…なるほど。」
マムの読み通り、ゆうは嫉妬に狂い、心の奥底からギリシャ神話嫉妬の女神へーラーの力を呼び起こしたのだ。
青白い光に包まれたゆうを見つめながら、ふわりはゆっくりと頷いた。
「……見事です、マム。」
試合の火蓋が、今、切って落とされようとしていた——。
中庭の空気が凍りつくような緊張感に包まれる。
馬上に構える二人の騎士——ジロームとゆう。
審判団の一人が、馬上のゆうに向かって声を張る。
「選べ、貴公の武器を!」
ゆうは一瞬、手元の選択肢に視線を走らせた。槍、斧、メイス——だが、彼の手は迷わず剣へと伸びる。
「剣を選ぶ!」
青白い光を帯びた剣を手にした瞬間、観衆のざわめきが止んだ。
対するジロームは、すでに鋭く磨かれた剣を掲げ、重厚な瞳でゆうを見下ろしている。
二人の視線が交差する。
進行役のシャッセが、胸を張って大声で宣言した。
「勝負、開始!」
ゆうは剣を握り締め、馬の腹を蹴った。
馬が咆哮するように鳴き、勢いよく駆け出す!
のぞみは息を呑んだ。
——えっ……!? ゆう君、馬に乗れるの!? そんなの、今まで一度も……!
ジロームもまた、馬腹を蹴り、鋼鉄の巨人のような堂々たる姿勢で突撃する。
二人の距離が縮まる。
ゆうの剣は、なおも青白い光を纏っていた。
——あの光……ゆうの力……。
ジロームの剣が閃く。
ゆうも剣を振りかざす。
のぞみは、恐怖に耐えきれず目を閉じた。
——お願い……ゆう君、死なないで……!
ガキィィン!!!
鋼鉄がぶつかり合う衝撃音が轟く。
火花が飛び散り、二人の馬はそれぞれの方向へ駆け抜ける。
会場が一気に沸き立った。
「すごいぞ!」
「互角じゃないか!」
「さっきとは全然違うぞ!」
ジロームは振り返り、馬上でゆうを睨んだ。
——何だ……この男は。たかが若造風情が、なぜこれほどまでに……!
ゆうもまた、信じられない気持ちだった。
——僕、何でこんなに動けてるんだ? 馬も剣も、経験なんてないのに……!
のぞみもまた、目の前の光景が信じられなかった。
——どうして……? どうしてゆう君がここまで!?
ニヒルは鼻で笑う。
「フン……」
ジロームは、ゆうに向かって高らかに言った。
「見事だ、ゆう! 貴様がここまでやるとは思わなかった!」
ゆうは、剣を構えたままジロームから目を離さない。
馬腹を蹴る。
再び疾走する。
ジロームも同じく、馬上で剣を構え、突撃した。
二人の剣が交わる。
ギィィィン!!
つばぜり合い。
剣と剣が擦れ合い、互いに押し合う。
観衆が熱狂し始めた。
「押し勝て、ジローム様!」
「いけ、ゆう!」
ゆうの視界の端で、ニヒルが動いた。
のぞみの頭を引き寄せ、その髪に顔を埋めるようにして、匂いを嗅ぐ仕草を見せた。
——瞬間、何かが弾けた。
ゆうの胸の奥底から、猛烈な嫉妬の炎が燃え上がる。
「貴様あああぁぁぁ!!!!!」
ボゥッ!!!!!!
ゆうの全身が、青白い炎に包まれた。
ジロームが驚愕する間もなく——
ドガァァァン!!!!!!
ジロームの馬が竿立ちになり、ジローム自身も馬ごと弾き飛ばされた!!
ジロームは転がりながら、目を見開く。
——何だ、これは……!? まるで、神の力……!!
ニヒルは舌打ちした。
「チッ……」
観衆の中から、ゆうの名を讃える声が湧き上がり始める。
「すごい……!」
「あの炎は何だ……!?」
「勝てるかもしれないぞ!」
ふわりとマムは、無言でゆうを見つめていた。




