-22-「Stand by me.」
アンプ
「…………。」
白川
「…………。」
乙葉
「…………。」
無言の河川敷。
奇跡が起きていた。小童どもがやたら静かに土手の斜面に座って東京を眺めているのだ。
あぁ、そうだよな、そうだよなぁ。このほどよい静けさが河川敷の魅力の一つだったはずだ。しばらく忘れていた……。
だが、なぜ此奴らはこんなにも静かなんだ。河川敷に来た時は普通に元気だったが、そのうち口数が減って、この有り様だ。
まぁ、気にするだけ無駄か。静かにしているのなら私は何も文句ない。
別に私は河川敷を独占しようとしているのではない。誰が来ても受け入れる寛容さがここにはある。単にうるさいのが嫌いなだけである。
さて。この貴重なゆったりとした時間の流れにどう身を任せようか。
とりあえず寝転がる。暑いが、日暮れ頃にはいていられないほど暑いわけではない。暑さとこの時間を天秤にかけたのなら、容易にこの時間の方へ傾いていく。
……あぁ。
振り返ろう、今までのことを。特に最近のことだ。そんな気分だ。
私は江戸川河川敷を愛している。
この暖かな時間が。優しい自然が。私を拒まずに、ここにいていいと言ってくれるような気がして。
私の道は決して平坦ではなかった。たくさんの苦労があった。いくつも怪我をした。罵倒もされた。
多くの原因があった。この面も一つだ。偏屈な思想もそうだ。未知や謎に強く惹かれる性格のせいもある。窮地では体が先に動いてしまうことだって。
数えきれないほどに挫けてきた。何度も諦めてきた。二度と立ち上がれはしないだろうと、泥の上に這いつくばって悔し涙を流してきた。
その度に、私はここに来た。
土手沿いに座り込む。首を垂れて落ち込んで、頭を抱えてため息を吐いて……滲む涙はいつしか雫になって、地に落ちていった。
でも、涙はいくらでも地に融けこんでいくのだ。
河川敷の声が聞こえた気がしたよ。涙なら枯らして行けって、そんな声が。
……なんて。独りが長くて、ついに河川敷にまで人の姿を見出したのかって感じだ。
自分でもおかしいと思うよ。でも、自信がある。この地は拒まない。私を、彼らを、道行く全てを。公共の地だからとかじゃなく、もっと深いところで我々を寛容しているように思えるのだ。
涙の跡には、いつもカタバミの花が凛と咲いていた。
そして私は立ち上がるのだ。太ももをパンと叩き、深呼吸をして歩き出すのだ。
そんな、私の青春が詰まった河川敷。
ここ最近はまったくそういうことしてないが。ここで泣いてたら白川にどんな偏向報道されるか知れたもんじゃない。
……だが。
これも、河川敷が導いた縁なのかもしれないな。
彼の地が、私に必要な人を連れてきたのかもしれない。はは、なんてな。
白川
「……あ、カタバミ。」
ふと、白川が呟いた。
白川の足元には、黄色く小さな花が咲いていた。
乙葉
「これ、カタバミって言うの?」
白川
「うん。どこにでも咲いてる、よくある花っす。
でも、こう……改めて見ると、綺麗っすね。」
乙葉
「そうだねぇ……。綺麗だし、どこでも咲ける力強さもあって!すごいねぇ!」
白川
「はっはっは。綺麗で強いって無敵っすな。
そういや、花言葉知ってる?」
乙葉
「え、なに?教えて!」
白川
「花言葉はね。幸運、約束、あと……。」
『あなたを絶対に見捨てない』。
『私はあなたと共に』。
白川
「キリスト教に馴染み深い草らしくてね。こういう母の愛的な?そういう側面あるらしいっすよ。
……ん?アンプ?どしたの急にうつ伏せになって。」
不覚。目頭が熱くなってしまった。
だって、こんな、ズルいだろう。ズルい。
アンプ
「表側暑いから次は裏側にしただけだ。」
白川
「身体焼いてるんだ。スーツで。
まぁいいや。ね、ジロちゃん。夕暮れのメロウな雰囲気、これはお唄でも歌っちゃいたい気分すなぁ。アコギあるんだよね。」
乙葉
「えへ、歌っちゃう?
あ、じゃあ……この前、音楽の授業で聴いたアレがいい!」
白川
「あーアレ。弾ける。」
白川が弾き始める。
今や誰もが聞き慣れた、伝説的な曲。イントロの数小節だけで曲名を当てられることだろう。
どんな苦境にあろうとも、「私のそばにいてほしい」と語りかける、あまりにこの話の流れに合ってしまう一曲。
そして、乙葉が歌い出す。
優しく、暖かい声。河川敷の代弁者かってくらいだ。
だから、だからこそ……こ、これはッ。
乙葉
「So darlin’, darlin’, stand by me. Oh, stand by me. Oh, stand... Stand by me, stand by me...」
アンプ
「ふぃーーーーん!!!やめろ、やめてくれぇ!!!ぐすぅーーーーん!!!」
白川
「ん、アンプがおかしくなった。」
乙葉
「泣いてる……。」




