仕事は忘れた頃にやってくる⑧
「すごい、すごい、ママもよんでみてよ。やっぱりあおかせんせいはすごいや。ぼくのえのイメージどおりだよ」
読み終えたリ―シャ少年は興奮した様子で母親にそれを見せた。美和子さんも碧華の詩を読んで涙を流して自分の息子にすごいねすごいねと話しかけていた。
「喜んでくれたみたいでよかったわ。なにか直すところとかあったら教えて」
「うううん、なにもないよ」
「そう、じゃあ、これを本に印刷してもらおうか」
碧華はそういうと、美和子さんから受け取った詩が書かれた紙と、リ―シャ少年が描いたイラストが描かれているスケッチブックを手に取ると、立ち上がり、隣の編集作業をしているボンズ編集長たちがいる部屋の扉の前まで行き、くるりと振り向くと、リ―シャ少年を手招きした。リ―シャが碧華のところまでくると、リ―シャにスケッチブックを返すとしゃがみ込んで小さい声でリ―シャの耳に囁いた。
「リ―シャくん、この部屋の向こうに、作品をすごく上手に編集して本の製本してくれるすごい編集長やスタッフのみんながいるの。一緒に、この作品を本にしてくださいってお願いしてみましょうか」
「ぼくのへたなえでもほんにしてくれるかな」
「あらすごく素敵な絵だと私は思うわよ」
「ほんとう?」
「ええ、じゃあ、一緒にノックしようか」
「はい」
トントン
「はい」
碧華とリ―シャが扉をノックすると、扉が開いて中からボンズ編集長が顔をだした。ボンズ編集長はリーシャ少年の目の高さまでかがむと、笑顔でリ―シャをみて答えた。
「何かご用でしょうか?」
「あっ、あの、ぼくのえと、あおかせんせいのしをあわせて、ほんをつくってくれませんか?」
「はい、承りました。見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
ボンズ編集長は流ちょうな日本語で返事をした。
「よろしくおねがいします」
リーシャは頭をペコリとさげると手に持っていたスケッチブックをボンスに手渡した。それをみて碧華も自分の詩の方の紙もボンズに手渡した。
「はい、確かにお預かりいたしました。本になるまでに二時間ぐらい時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい」
リーシャの返事にボンズ編集長は軽く頷くとそれを受け取ってパラパラと絵と碧華の書いた詩の両方を見比べてから数回読み返し答えた。
「これは素晴らしい本になりますよ。喜んで製本をさせていただきますよ。ちなみに、出来上がった本を記念にわたくしどもも頂いてもよろしいでしょうか?」
「え?」
頭をこてんと傾げているリーシャ少年に碧華が付け加えた。
「あのね、友達の詩集本をこのおじちゃんたちも欲しいんだって、余分に印刷してあげてもいいかな?もちろんおばちゃんも欲しいんだけど」
「いいよ、あの、ぼくへやにかざるようと、みせるようがほしいからふたつもらってもいいですか?」
「ええ大丈夫だと思うわ。きっと完成したら、あなたのご両親やおじい様もあなたの絵の本が欲しいっていうと思うからたくさん製本してもらいましょうか」
「いいの?」
「ボンズ編集長、5時間ぐらいで何冊ぐらいできるかしら?」
「そうですね。簡単に綴じるだけでよろしいのであればこの薄さですと、編集はそれほどかからないと思いますので、100冊ぐらいなら製本できる在庫の紙は持ってきていると思います。今回は小説だときいていたので、詩集用の紙をあまり用意していなくて」
「それで充分よ、ごめんなさいね。急に仕事頼んじゃって、みんなもごめんね」
碧華が部屋のスタッフに頭をさげると、中のスタッフも全員頭を横にふって「とんでもない、碧華先生の新しい詩集本いただけるなら喜んで」と答えるのだった。
その返答を聞いた碧華がリ―シャ少年に向き直って、じゃあ、50冊づつの半分こでいいかな?
「ぼくに、50さつもくれるの?」
「ええそうよ、それでたりるかな?」
「うん!」
「そう、よかった。そうだわ、リーシャくんが描いた絵の報酬の代わりに昨日渡せなかったあれ受け取ってくれる?」
「きのう?」
また首をこてんとしているリ―シャに碧華が後ろを振り向き、栞に手で何かを持ってくるように指示をだした。栞もピンときたのかすぐに別の部屋に置いていた大きな紙袋を手に持って戻ってきた。
「リ―シャくん、これ、昨日わたせなかったガチャよ、ホテルのスタッフの人達が床に散らばったのを拾い集めてくれて届けてくれたの。後、家にまだ残っていたのも持ってきたの。こっちは開けてるんだけど、よかったら受け取ってくれたらうれしいな」
栞はそういうと、リーシャ少年の腰ぐらいまである大きな紙袋いっぱいにつまったガチャの入った紙袋を差し出した。
「あの…こんなにたくさん、いいの?」
「うん、お姉ちゃんねこのガチャのシリーズずっと集めてたんだ。でもダブっているのもたくさんあって、今度引っ越すから処分しなきゃいけなかったの。リーシャくんがこのガチャのシリーズ好きでもらってくれるとうれしいんだけどな」
リ―シャは開封していないガチャ以外にも透明なナイロン袋にも入っているたくさんのフィギュアに視線をおとして目を輝かせた。
「すごくうれしい。アトラスにはこんな小さなフィギュアうってないんだ。でもこのアニメすごくだいすきなんだ。ほんとうにもらっていいの?」
「うん、そのかわり、おねえちゃんもリ―シャ君の詩集本一冊もらってもいいかな?」
「うん、おねえちゃんありがとう」
本当にうれしそうに、栞から紙袋を受け取ると、振り返ってソファーに座っている母親に近づいてそれを見せた。美和子さんはリ―シャを抱きしめると、立ち上がり深々と碧華と栞に向かって頭をさげた。
その後、本の製本作りは隣の部屋の編集部に丸投げした碧華はソファーに座り直し、もう一度冷えてしまった紅茶をいれなおし、美和子さんととりとめのない話をして時間を過ごした。
横では早速ガチャの入った紙袋の中身をテーブルの上に広げて、大きな歓声をあげながら、栞となぜかライフもまざり三人で小さなフィギュアの名前を呼びながら、アニメの話で大盛り上がりでおしゃべりに花が咲いていた。
どれほど時間が過ぎただろうか、ふいにテマソン達がいた部屋の扉がガチャリと開いた。その音に美和子さんとリ―シャ少年が一瞬固まったが、開いた扉から見事なスライディング土下座を披露したのは、あんなにいきって怒鳴り散らしていた。リ―シャの父親と、なぜか祖父の二人だった。
二人の顔色は顔面蒼白になっていた。
「AOKA先生、本当に申し訳ございませんでした」
二人そろって頭を床につけたまま言った。その後で、老人のほうが付け加えた。
「こやつがディオレス・ルイ社にいたしました圧力並びに迷惑行為のすべてお詫び申し上げます。また、誤解とはいえ、あなた様やご令嬢にしてしまった暴力も本当に申し訳ございませんでした。気のすむまでわしともども殴るなり蹴るなりしていただいてかまいません。どうかお許しください」
老人はおろか、さっきまであんなに怒鳴り声が聞こえてきたのに、いやに静かになったなと思っていたら、なんだか別人のように二人とも震えているのだ。何があった?と後から入ってきたカリーナやシャリーに視線を移したが二人は大きく頷くだけだったが満面の笑顔な所をみると、思い通りの交渉ができたようだ。
「あのどうか顔を上げてください。確かに蹴られたのは痛かったですけど、娘もたいしたことにはならなかったようですし、今回の慰謝料なら、もう素敵なものをリ―シャくんから頂く予定になってますから改めて、あなた方からは何もいりませんよ。お礼と謝罪ならリーシャくんと美和子さんにしてくださいね。お二人からあなた方を許すという言葉があれば、私も娘も警察にあたらめて訴えたり、裁判とかを起こしたりなんてしませんよ」
「えっ?リーシャからとは?」
二人とも何が何やらわかっていない様子だった。もちろん、テマソンやカリーナやシャリーも同様の様子だった。その時、奥の部屋からボンズ編集長が3冊の薄い本を手に入ってきた。
「碧華先生、完成しましたよ。取りあえずに3冊だけですけど」
そう言って碧華に手渡したのは、先ほどボンズ編集長に渡したリーシャが色鉛筆で描いた絵の表紙にひらがなで【ともだち】と書かれた詩集本だった。
詩:あおか 絵:リーシャと書かれた刷りたての真新しい詩集本だった。碧華はそれを早速1冊ずつリ―シャと美和子さんに手渡した。
「すごい、すごい、ほんとうにほんになってる。あおかせんせいありがとう」
父親の姿を見て固まっていたリ―シャだったが。その本を受け取った瞬間、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。美和子さんはその本を見て、涙を流していた。
「ちょっと、何、何の話をしているの?それは何」
その様子をみて碧華の隣にきたテマソンが碧華の手に持っているもう一冊の真新しい薄い本に視線を向けた。
「あっこれ? 私とリ―シャくんの合作の詩集よ、今完成したみたいね。ボンズ編集長お疲れさま」
驚きで目が点になっている土下座組二人とテマソンをよそに、碧華はそのできたばかりの本を同じく碧華の近くに近づいてきていたカリーナやシャリーの見せた。
「みてみて、リ―シャくんの絵に私が詩を書いたの。すごく素敵なイラストでしょ。きちんと物語があってね。詩のイメージがすらすら湧いてきたの。すごく素敵な本になってると思わない?」
碧華がカリーナとシャリーにその刷りたての本を手渡すと二人が食い入るようにその本を開き中を見始めた。
「こっこれ、発売とかなさりますの?」
カリーナが震えながら碧華に聞き返した。
「いいえ、100冊限定で、販売とかしないわよ。私とリ―シャくんとで50冊づつ製本してもらう予定なの。後でカリーナとシャリーにもあげるわよ。二人にはいろいろ迷惑をかけたから」
「まあ、こんな嬉しいことはありませんわ。今年最後のビッグプレゼントですわね」
カリーナは満面の笑みでその本をじっと見つめた。
シャリーもうれしそうだ。
「ちょっと、何? 新しい本を作った? えっ? 私に相談はなしなの?」
テマソンは納得がいかない様子だった。
「別にいいじゃない、製本にしてもらっただけだし、紙代金なら私が払うわよ」
「そう言うことを言ってるんじゃないでしょ」
「ああっあああー! もう作っちゃったもんね。もう絵の代金の代わりも払ったわよねリ―シャくん」
「うん、たくさんもらいました」
リ―シャ少年はもらった本を大切そうに、ソファーに置いていたフィギュアがたくさん入った紙袋にそれをしまいに戻りながら言った。
「は? リーシャ、お前が絵を描いた本だと? それの代金がそんなガラクタだと? 美和! お前がついていながらそんなガラクタで息子の絵と交換したのか? ふざけるな! そんなものより現金を支払ってもらうべきだろうが!」
少し前までビクビクしていた父親が急に立ち上がり、美和子さんが立っていたソファーめがけて、走り寄りだした。
怒りのまま今にも美和子さんにつかみかかろうとした瞬間、部屋の隅にいた美和子のボデイーガードがとっさに動こうとしたがそれよりも早く、碧華の近くに立っていたボンズ編集長がリ―シャの父親に腕を掴んで一本背負いをして床に叩き落とし、そのまま羽交い絞めした。
「いててて、放せえー!!」
「まったく、こりていないようですな。これはもうアトラスに強制送還して、しばらく留置場で反省して頂く必要がありますな」
ボンズ編集長がそういうと、カリーナが近づいてきて、暴れている彼に向かって囁いた。
「先ほどわたくしにいいはなった暴言をやはり、正式にアトラスに戻って訴える必要がありそうですわね。なんなら今すぐにプライベートジェットをチャーターいたしますわよ。日本にこのまま放牧しても危険そうですし」
「放せ!」
カリーナの言葉に今度はカリーナを睨み付けながら暴れまくる男にリーシャ少年が近づくと父親に向かって震えながら言った。
「これはぼくがはじめて、じぶんのちからでもらったほうしゅうなんだ。パパにはわたさない。それに、ママはぼくがまもるから、ママをなぐるパパなんかいらない。ぼくはにほんでママとくらすから、もうぼくにかかわらないで!」
「リ―シャ!」
美和子さんがすぐにリ―シャを抱きかかえるように近づいた。そしてすぐそばで睨みつけている夫に美和子さんが震えながら言った。
「あなた、離婚してください。私は日本でこの子を育てます。もうあなたの自由にはさせない。それからお父様、あなたからも私は独立致します」
美和子さんは震えながらの言葉ではあったが、凛とした表情で夫を見下ろしていた。
「それがよろしいですわ。アトラスでの離婚手続きはわたくしが責任を持って立ち会わせていただきますわ。慰謝料などたっぷりせしめてあげますわ」
そういったのはカリーナだった。
カリーナの言葉に美和子さんはカリーナに向かって頭をさげた。
「よろしくお願いいたします。それから皆様、本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
美和子さんはもう一度深々とその部屋にいた全てに頭をさげた。




