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仕事は忘れた頃にやってくる⑦

碧華と栞が隣の部屋に入ると、のんきにソファーに座って紅茶を飲み始めている優の横に腰を降ろすと小声で優に話しかけた。


「優ちゃん、ママ達のピンチだっていうのに何のんきに紅茶なんか飲んでいるのかしら? 少しは心配してくれてもいいんじゃないの? ママちびりそうだったんだから」


「ママ、カリーナおば様いるんだから大丈夫だよ、カリーナおば様のボデイーガードすごく強そうだもん。それに、私が心配したって何もできないもん。でもママもすごいよね、あの状況で、詩を書く仕事はしないなんて、いいきっちゃうんだもん。あっママも飲む? おいしいよこの紅茶」


「飲もうかな。はあ…でもね優ちゃん、命令されてする仕事ほどつまらないものはないわよ。私は嫌な仕事はしない主義なの」


隣の部屋からは怒鳴り合いに近い英語での怒号が飛び交っているのを、気にはなりながらも、碧華は優の隣に座ると目の前のクッキーに手を伸ばして口に入れた。どうやら、テマソンの会社への損害賠償でもめている様だ。あのお爺ちゃんにあれだけすごまれても、全くしょげていないようで、聞こえてくるのは、カリーナとテマソンの嫌味の連発と、それに対しての怒号に近い反論の声が時間を追うごとにヒートアップしているようだ。


「あっそこに座って、仕事やその他のめんどくさい話はあそこにいる人達で決着つけてくれるわ。

さっ遠慮しないで」


碧華は扉のところでそのまま立ったままのリ―シャ少年とその母親の美和子さんに向かって右手で手招きしながら自分が座ったソファーの前を左手で指さしながら言った。


「あの、私達がここにいても本当によろしいのでしょうか?」


「大丈夫よ。さあ、遠慮しないで。リ―シャ君ここのお菓子すごくおいしいよ」

碧華はリーシャに向かって笑顔で言った。するとリーシャがトコトコと小走りでソファーに近づいてきて碧華の前のソファーに腰かけてテーブルの置かれているさまざまなお菓子の中でチョコレートを一つ手に取って自分の口に入れて目を輝かせた。


「ママ、これすごくおいしいよ」

「リ―シャ!」

母親の美和子さんが慌ててリーシャに近づいてきてリーシャに英語で何やら注意している様子をみて碧華が言った。


「そのお菓子はこのホテルのパティシエの人がさっき作ったばかりのお菓子みたいだから安全だと思いますよ。アレルギーとかないんだったらですけど」


碧華がそういうと、あわてて頭をさげた美和子さんにたいして、優が部屋の隅に置かれたサイドテーブルから温かい紅茶の入ったカップとグラスに野菜ジュースを入れて目の前にテーブルにそれぞれ置き、再度立ったままの美和子さんに座るように促した。優の声かけにようやく美和子さんは素直に腰をおろした。


「この度はいろいろとご迷惑をおかせして本当に申し訳ありません」


「頭を上げてくださいな。あなたにあやまられることは何もありませんよ」


「ですが、その傷はそもそも、この子が・・・」


「それを言えば、そもそもこちらがリ―シャ君にガチャをあげようとしたことが原因なんですから。こんなたんこぶと少し内出血ができたぐらいたいしたことないですよ。まあ、ご主人には反省はしてもらいたいですけどね。それ以外のアトラスでのことは私にはどうすることもできないから、損害を受けた受けないの話はテマソンの会社の話だから、仕事関係の話合いはあの人達に任せましょ。あなたも大丈夫? 離婚とか言っていた気がするけど」


「そうみたいですね。私はお父様にとっても、あの人にとっても大切な跡取りの母親ってだけなんです。ただの道具なんです。私いつも肝心のところで失敗する駄目な母親なんです」


「あら、そんなことはないと思うわよ。人間だもの色々あると思うわ。リ―シャ君は誘拐されていないんだし」

「それはそうなんですけど」


美和子さんは申し訳なさそうに再び頭をさげた。その様子をみたリーシャは手に取ったお菓子を元にもどしは母親の顔をのぞき込み、一緒に頭をさげた。


その様子に碧華が軽くため息をつくとリーシャにたずねた。

「ねえリ―シャ君、君はお母さんが好き?」

「うん」

「じゃあ、あまりお母さんをこまさせちゃだめだよ。君がお母さんを守ってあげなきゃ」

「うん、僕これからはわがまま言わない。ママごめんなさい」

「リ―シャ」美和子はリ―シャを抱きしめた。


「さあさあ、気を取り直してどうぞこのお菓子食べて。 ここのホテルのお菓子本当にどれもおいしいのよ。隣はなんだかもめているみたいだし、アトラス行きは中止になったんでしょ?」

碧華はウインクして美和子にほほ笑みかえした。


「そうみたいです」

「ママ本当? 」

「ええ、たぶんね、今日はアトラスには帰らないわ」

「でもママ、僕1月から学校あるでしょ」

「そうね、しばらく休学になるかもしれないわね」

「そっか」

「まあ人生いろいろよね」


碧華はそう言いながらもクッキーを口に入れた。しばらく沈黙が続いて、リ―シャ少年は部屋のあちこちに置かれている機材や紙の束を興味津々な様子で眺め始めた。

「この部屋気になる?」

「あっごめんなさい。僕のいた部屋と全然違うから」

あわてて下を見たリ―シャに碧華はやさしく言った。


「君は好奇心旺盛のようね。これらはまだ未公開のものだから内容は教えてあげられないんだけど、ここで新しい本を作を作っているのよ。この奥はさっきの部屋だけど左右の部屋は編集作業の部屋なのよ。まあ、ここは私の休憩場所って感じかな。ずっと作業しているとしんどくなっちゃうから」


あわてて下を向いたリ―シャ少年の前に後から


「あっ、あのもしかして、あなた様はAOKA先生ではありませんか? さっき詩は書かないと聞いてもしかしてと思っていたのですが。アトラスのサイン会でお見掛けした気がするんですが」


「「え?」」


碧華とリ―シャ少年の声がハモった。


「ママ、AOKA先生ってあのAOKA先生のこと?」

「ええ、少し印象は違いますけれど、違いますでしょうか?」


「えっと美和子さんでしたっけ、アトラスでの仕事の時の顔の印象から今のスッピンのママをみて同一人物だって言い当てるなんてすごい洞察力ですね」


いつの間にか碧華の隣に腰を降ろしてちゃっかり優からココアを入れてもらって飲みながら言う栞に碧華はギロリと栞を睨みつけた。


「栞ちゃん、それはどういう意味かしら? ママが厚化粧っていいたいわけ?」

「違うの?」

「違わないけど」

二人が言い合いを始めるのをじっと向かいに座ったリ―シャ少年が碧華の顔を見つめながら、ぽろぽろ涙を流し始めた。


「ちょっと、えっと、どうしたの? リ―シャ君、他の方がよかった?」


慌てた碧華がリ―シャに向かってたずねたがリ―シャ少年は首を横に振り続けた。そんな息子を易しくなだめながら美和子さんが話始めた。


「実は…息子はAOKA先生の詩集が大好きなんです。特にこの子が病気になって入院した時に買ったAOKA SKY先生の詩集本「雲」がお気に入りで、何度も何度も読んでくれってせがまれましたわ。父も夫も私には何も話してくれませんので詳しくはわかりませんが、そのことで、今回父もそれに多分夫もディオレス・ルイ社の方にもご迷惑をおかけしてしまっているのではありませんか? 」


「そうね、私には今のところ被害はないから私も詳しくはわからないけど、リ―シャくん私の詩を読んでくれていたの?うれしいわ。ありがとう」

碧華は視線をちらりとまだ話し合いが続いているであろう隣の部屋に視線を向けつつ、飲みかけの紅茶を一口口に入れてから、再び笑顔をリ―シャに向けてほほ笑んだ。


「あの僕、先生の詩集や絵本全部もっているんです。英語の単語がわからなくてまだ読めない文字もあるけど、がんばって覚えてるんです。SKY先生の絵も大好きで、僕詩は思いつかないけど、絵なら得意だから自分でも描いてるんだよ」


そう言って背負っているリョックからスケッチブックを取り出すと碧華の前に差し出した。


「見せてくれるの?」


「うん、僕いつもリュックにスケッチブックをいれているんだ。先生の詩集を見てて頭の中に浮かんできた絵を描いてるんだ。SKY先生みたいには描けないけど」


そういって照れながらいうリ―シャ少年の絵は小学生が描いたにしてはすごくきれいな空想画だった。

色鉛筆で描いた絵だが空想の世界の絵が何枚も何枚も描かれていた。その空想世界の中には一人の少年と翼のあるペガサスが描かれていた。


「ねえ、リ―シャ君、この絵におばちゃんが詩を付け加えてもいいかしら?」

「え?」


「この絵すごく素敵な絵ばかりだから、この絵からイメージした詩を付け加えたくなっちゃったの。もしいやじゃなかったら、この部屋の隣の部屋に本にする機械がそろってて、絵と詩を組み合わせて上手に編集して本に作ってくれるおじちゃん達が仕事してるの。ちょっと頼んで一緒に本を作ってみない?」


「え? ぼっ僕の絵に詩を書いてくれるの?」

「うん、上手くリ―シャ君のイメージ通りの詩を書けるかは自信ないけど、うまく書けたら本にしようよ、そうねえ、タイトルは何がいいかしら」

「友達!」


リ―シャはそういうと、自分が描いた絵の説明をしだした。彼なりの世界の物語があるようだ。碧華は彼の話を真剣に聞きながら、テーブルの端においていた資料の裏側に走り書きで文字をすごい速さで書き始めた。

どれだけ時間が過ぎただろうか、全てのページの説明を終えたリ―シャに向かって走り書きした紙に目を通した碧華がニコリと微笑んだ。


「うん、何とか形になりそうだよリ―シャ君、後は表紙の絵ね。今から色鉛筆と画用紙があれば描ける?」

「大丈夫、僕色鉛筆は持ってるから、えっと何を描けばいいの?」

「そうねえ、この男の子とユニコーンが一緒に空を飛んでるところなんかいいんじゃないかしら?」

「わかった」

少年はキラキラした瞳で自分のスケッチブックをめくってまだ何も描いていない部分を広げると、リュックの中から色鉛筆を取り出してスラスラと描き出した。


「あっ美和子さんはゆっくりしててくださいね。あっよかったらそのお菓子好きなだけ食べていいですから」

美和子は息子の横で驚きつつも大きく頷いた。まだ状況がうなく理解できていないようだ。

そんな美和子に今まで何も言わずに部屋の隅の椅子に黙って座ってスマホを見ていたライフが美和子に近づき話しかけてきた。


「ねえ、美和子さんっていったったっけ、どこまで演技なんですか?」

「え? どういう意味でしょうか?」


「なんだろうな…全部なんか偶然で片付けるにはうまく行き過ぎるんだよね。まあ、隣でギャンギャン言ってる人の行動は天然みたいだけど、あなたのそれは違うよね」


「なんのことでしょうか?」

ライフの言葉で一瞬固まった美和子に、碧華が自分が書きこんだ走り書きに視線を向けながら話に割り込んできた。


「ライフ、いいじゃない、出会いが偶然だろうと必然だろうと、私は私の心が動いた絵に詩をつけたい。大人の事情はどうであれ、リ―シャ君の絵は本当に魅力的よ。それで十分じゃない。お金儲けじゃない創作もたまにはいいわ」


、碧華の前に優が持ってきた碧華専用のパソコンを受け取りながら碧華は笑顔で言ってのけた。まるで、全てわかったうえで、今目の前の少年の絵に詩を書こうとしていると。碧華の言葉を聞いた栞も立ち上がると、何も言わずにビンスやディオレス・ルイ社の編集部員たちがいる部屋へと入って行った。その瞬間、その部屋から「うおー!」という雄叫びが響いた。


それからの碧華の集中力は凄まじかった。あっという間にリ―シャ少年が描いた絵にあう詩をパソコンに打ち込んでいった。そして一時間後リ―シャ少年も色鉛筆で碧華の注文通りの絵を描き終わっていた。

すごく真剣な様子で絵を描いているリ―シャを見守りながら美和子は碧華に向かって深々と頭をさげるのだった。


「よし! 完成、いいんじゃないかな。リ―シャ君のほうもできたようね。君の絵に私の詩があっているか、違和感があるか見てもらえるかな」


碧華は部屋の隅に置かれているプリンターから印刷され終わった紙をリ―シャ少年に手渡した。

その紙にはひらがなで文字が書かれていた。

碧華は母親である美和子さんに彼がひらがななら読めることを聞きだしたからだ。

リ―シャ少年は碧華から手渡された紙を夢中になって読み始めた。

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