仕事は忘れた頃にやってくる⑥
今は29日の朝の9時になっている。
昨夜は災難だった。あれからどうなったかというと
昨夜の10時過ぎ、誘拐犯だなどといわれのない言いがかりをつけらて大騒ぎされた後、少年も違うと泣きながら訴えるも父親だと名乗る男は一切聞き入れず、すぐ後から頬に殴られた跡をつけた少年の母親がすぐ後からエレベーターで降りてきて誤解だと訴えたが怒りが頂点に達している男は少年をがっちり抱きかかえながらも、栞と私にけりを入れようと暴れだし、すごい体格のがっちりした身長190センチはあろう巨体を駆けつけたスタッフが必死に抑え込むのにすごい騒ぎになった。
栞をかばっていた私の背中とかには彼の足跡がつくあざができるほどだ。コートをきているのにあざが付くとかどれだけ怪力なんだとあきれる。
それから駆け付けたスタッフや入り口付近にいた警備スタッフも一連の様子を見ていたため、私と栞が誘拐犯ではないと確信してくれていて、必死に説明してくれてはいたが、男の怒りは収まることがなく、いっさい聞き入れようとはしなかった。後から聞けば、彼はアトラス国のかなり有名な企業の社長らしく、このホテルのカリーナが宿泊している部屋の真下のフロアーを全室押さえているかなりの金持ちのようだ。まあ、最上階を全室押さえているカリーナの方が権力的には上のようだが、それでも財界の裏側まで知り尽くしている少し黒い噂のあるやばい人物らしい。
結局、警察まで呼ぶ騒動になり、事情聴取までされたが、ホテルやゲームセンターの防犯カメラの映像や少年や母親の証言、周りにいたスタッフの証言から、誘拐犯などではないと証明され、明け方解放されたのだ。
そして、結論からいうと、私や栞には全く非はなく、少年が欲しがっていたアニメのガチャの品物を親切にプレゼントしてあげようとしていただけなのに、犯罪者呼ばわりされたのだ。名誉棄損罪、暴行罪で訴えてもいいレベルだ。栞は突き飛ばされた拍子で頭を後ろのソファーの角でぶつけてたんこぶができ、私の背中には彼の足形のあざができているぐらいだ。幸い、一応病院にも行ったが、ただのたんこぶとあざだけですんでいたので、私も栞もけろっとしている。
逆に少年と母親のことが心配だという栞の言葉に私はカリーナに助けを求めた。なぜかというと、私達の事を誤解したままぶちぎれ、結局、朝になっても彼は一足反省もせず、全く納得いっていないようで、一緒に警察に同行していた奥さんに暴力をふるい当たり散らし始めたので、見かねた私がカリーナを呼んで、空いている部屋に彼女と少年に部屋を提供してくれるように頼んだのだった。なぜならカリーナが借りている部屋は彼のフロアーの上で、そこに行くには直通のエレベーターでないとたどりつけない上にエレベーターの前にはカリーナの専属のボデーガードがいるので安心なのだ。
警察で暴れだしたのもあって結局彼の方が朝まで留置場で一泊したようだ。そして、翌朝、彼の義理の父親だといういう人物が彼を警察署まで迎えにきて、彼を引き連れて、謝罪にきたという状況なのだ。
なんとその人物というのが、碧華に詩を書いてくれと依頼してきていた例の書道家だったのだ。世間は狭いもんだ。アトラスでディオレス・ルイ社に圧をかけてきた人物というのが、何を隠そう昨夜暴れた男なのだった。後から聞いた話だとそもそもディオレス・ルイ社に強引な圧力をかけてきたのも彼の独断だったようだ。義理の父親に認められ、なおかつ息子にも感謝されたいという願望があったようだ。それなのに、日本に一緒に来日してからも別件の仕事でイライラを募らし、息子にも不機嫌に当たり散らし、妻にも暴力をふるってしまっていたようだ。理解に苦しむ。
昨夜の事も含めて、警察沙汰になったと知った時のテマソンもカリーナもかなりお怒りモードだった。
まあ、夜に勝手にホテルからでた私達にも説教はあったが、それ以外はまったくこちら側には非はないこともあって逆に心配された。しかしそれ以上にあまりの無茶苦茶な彼の態度にテマソン以上にぶちぎれていたのはカリーナだった。後から聞いた話だと、カリーナは今回の状況や理不尽なディオレス・ルイ社への対応や圧力に怒り、彼の会社にこれ以上ディオレス・ルイ社に関わるなと圧力をかけたようだ。もちろんシャリーも今回のことも含めて、こっそりと旦那と息子にチクっていたようで、さらに既にリリーにも今回の件は伝わったようで、結局、アトラスの三大企業を敵にまわして彼の企業など跡形もなく消えるような予感しかしない。
そもそも、ディオレス・ルイ社に小さな圧力をかけるだけならこんなにも彼の損害は大きくならなかったようだが、私の背中にあざと栞の頭にたんこぶができた事件が彼らを本気で怒らせたようだ。
後から栞と二人で反省したのはいうまでもない。
「ママ、私たち愛されてるね」
一連の騒動の後、栞がポツリと呟いたその言葉に碧華も頷くのだった。
さて、最後に謝罪にきたときの状況を少しだけ報告しますね。
とにかく「こわ~」の一言に尽きる。誰がって?
いつもニコニコと笑顔で碧華に接してくれているアトラス人のみんなですよ。もうみんなの豹変ぶりに震えてしまった。
そして、テマソンの横に座っていたカリーナとシャリーも腕を組んで目の前の羽織り袴姿の老人とスイーツ姿の中年の男性を睨みつけている。もちろん、この部屋にはカリーナの怖い筋肉ムキムキのボデイーガードがすごい形相で突然の来訪者達を睨みつけている。隣の作業部屋に視線を向けると大勢のディオレス・ルイ社の編集部のスタッフの顔がこちらを凝視しているようだった。休憩室の部屋の方ではエンリーと優とライフが顔をのぞかせていた。
栞も奥の部屋でいるようにいったのだが、その場にいると言ってきかなかった。栞の頭には包帯がまかれていた。
「この度はこやつが多大なるご迷惑をおかけしてしまったこと、こやつに変わってお詫び申し上げます。
また今回以前にも、聞けば、わしのわがままで、多大なる迷惑をお掛けしてしまっていたご様子。知らなかったこととはいえ、ひらにお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
「あなたが謝る必要はございませんよ。ご存知なかったのでしょう。今回の件で納得しましたわ。そこの彼は人の話を理解できないお人のようですわね」
テマソンが冷ややかな口調の日本語でしかもオネエ口調でいうもんだから、余計に不気味で怖い。あれはかなり怒っている感じだ。後ろに立っている碧華がチラリと栞を見つめると栞も同じように感じているようだ。
「チッおかまごときに謝罪など必要ないのに、よけいなことをしやがって。俺は悪くない」
英語でぼそりと吐き捨てるようにいう彼の言葉を横にいる栞が同時通訳してくれた。
「馬鹿者!」
ふてぶてしい顔でそ英語で口走った男に向かって老人がそう怒鳴りつけると彼の頭をはたいたのには焦った。胸元からピストルでも出されないか、あの老人なんか本気で目の前の男がなぐったらひとたまりもないのではないかと感じてしまう。しかし、彼は殴り返そうとしなかった。明確な主従関係が成立しているようだ。しかし、彼自身はまったく悪いことをしたとは思っていない様子で、目の前のテーブルにわびの品だと、アタッシュケースにびっしりと並んだお札の束に私や栞は驚いていたのだが、目の前に座っている三人は冷ややかな目をしている。まあ、彼らにしたらはした金なんだろうな。
「それはどういう意味藍のお金でしょうか? これぐらいで今回の事も我が社に対する迷惑行為もチャラにしろなんていうわけではないでしょうね」
テマソンの言葉が怖いとビビっているのは私だけなのか…と碧華はそんなことを考えつつ、なんでだろうなテマソンってば私や娘達がからんでくると人が変わるんだよね。まあ、今回は栞も怪我をさせられているし私もちょっと怒ってるけど、でも一般人の私らとはあきらかに生きる世界が違うことはあきらか、あちらに後ろにボデイーガードさんがいるんだから、一般人ではないことは一目瞭然だ。
逆恨みでもされた方が怖い…なんて思ってしまう。母親資格かもしれない。
チラッと栞を見ると栞も目で訴えているようにみえる。穏便済ませたいねと…
「あの…テマソン」
私がそう言いかけてその先をいうのを止めた。これは何も言わない方がいいようだ。すぐ後でシャリーが振り向いて碧華に言った。
「とりあえず、碧ちゃんと栞ちゃんは休憩室に避難した方がいいんじゃない。落ち着いたら呼ぶわ。珍しくテマソンもカリーナもぶちぎれてるし、しばらくかかりそうだから」
「そうね、そうする、私がここにいても何を話しているのかまったく理解できないしね。終わったら呼んでね。全部任せるわ。幸い私も栞もたいしたケガじゃないから、あまり過激にならないでね。ちなみにテマソン、私や栞はそこのお金は受け取らないわよ。あの詩を書く仕事もしないわ。そこんとこよろしくね」
「わかっているわよ。後のことはまかせなさい」
テマソンは振り向きもせず碧華に言い返した。
目の前でにらみ合い、主に真ん中の男とカリーナが…その修羅場化しそうな場面から碧華はそっと離れ部屋の方にそそそっとかけて避難することにした。
でもつい、足が止まって振り向いて言葉がでてしまった。この部屋に母親に付き添われてはいってきてからもずっと下を向いて座っている少年が気の毒になってきたのだ。
「ねえ、君、リ―シャ君だったかな、大人たちといてもつまらないでしょ。あっちで一緒に絵でも描いて遊ばない?」
碧華の思いもよらない一言に少年はビックリした様子で顔を上げた。
「はあ? 誘拐犯が何を言っているんだ!」
少年が答えるよりも先に彼の父親である男が怒鳴り散らした。どうやら日本語も話せるようだ。今のは流ちょうな日本語だった。
「お前は黙っていろ! さっきも言っただろう。お前には父親である権限をはく奪するとな、娘とも離婚届にサイン済みだろうが、孫の親権ももちろん放棄してもらう」
「それだけは拒否する。リ―シャは俺の息子だ! 誰にも渡さない」
彼の大きな言葉にビクッとなって震え出している少年に隣に座っていた母親が彼を守るように抱きかかえている。かなりヤバイ関係のようだ。
「あなた日本語がはなせるのね。じゃあ私の言葉も理解できるわよね。あなた可哀そうな人なのね。あなたの愛情は本物かもしれないけど、その思いは空回りしているわよ。その子には伝わっていないように思えるわ。母親に暴力をふるう父親なんて敵認定しかないでしょ」
「はあ? そもそも、コイツが俺の大事な息子を夜にホテルの外に連れ出したのが行けないんだろうが、殴られて当然じゃないか」
「言葉よりも暴力が正しいと思っているあなたとは話しても無駄のようね。わかりあえそうにないわ」
「当たり前はこの子はお前ら庶民とは違うんだ。誘拐される恐れだってあるんだ」
「そうね、用心するのは大切よね。親は子どもから目を放しちゃいけないわ。責めるなら奥さんじゃなくて自分になさい。私には関係ないことだけどね。もう会うこともないだろうからこれだけは一言言っておくわ。庶民だろうと、人間なんだから、暴力を振るわれたら痛いのよ、その痛みはね、あなたが忘れてもやられた方は一生忘れないわよ。まあ、あなたが私と娘にした暴力は訴えたりはしないけど、一生忘れてあげない。二度と私の前に現れないで。そのお金もいりませんから」
そう言った後で、あえてソファーから回り込んで目の前に座っている少年の横に回り込んで手を差し出した。
「ごめんね。あなたのお父さんなのに許してあげられそうにないわ」
そう言った碧華に少年はただ首を横に振った。
「ぼくもごめんなさい。ぼくがだまってへやをでちゃったからおねえちゃんにいたいおもいをさせちゃった」
ぽろぽろと涙を流す少年に碧華はそっと彼の頭を撫でた。
「美和子、お言葉に甘えてリ―シャと席を外していなさい。ビルお前も同行しなさい」
そう言って後ろに立っていた黒服のボデイーガードの一人に命令した。その言葉に男も不服そうではあったが美和子さんとリ―シャの二人が席を立つことに再び反論の言葉を発しなかった。
碧華はこの男はきっとこの少年の事を本当に愛しているんだろう。でも愛情が空回りしているのは明らかだった。急に気の毒に思えてしまう碧華なのだった。碧華はそれから二人と栞を伴って隣の部屋へと向かったのだった。




