第84話 誰が払う
三十日目、午後六時二十一分。
夕食の注文が重なった。
「チーズバーガー二つ」
「ポテトも」
「私はコーヒー」
「子どものはラッキーセットじゃなくて普通のでいい」
カウンター前に六人いる。
秩序が一つずつ注文を聞き、レジへ打ち込んでいく。
最後に金額が表示された。
「合計、三千四百八十円でございます」
六人が表示を見る。
それから、互いの顔を見た。
◇
「誰が払う?」
高校生が言った。
直人は財布を出しかけて止まる。
これまでにも複数人分をまとめて買ったことはある。
そのときは、その場で財布を出した人が払った。
後で返したこともある。
返していないこともある。
一か月のあいだに、その境目が曖昧になっていた。
「私、自分の分は出すよ」
美咲が言う。
「じゃあ俺も」
黒瀬が財布を出す。
高校生がポケットを探る。
「俺、千円札しかない」
「お釣り出るでしょ」
「いや、誰のと一緒に払うのかなって」
また止まった。
◇
午後六時二十四分。
秩序は急かさなかった。
レジの前で六人が相談しているあいだも、笑顔のままだった。
後ろに別の客が一人並ぶ。
「先、どうぞ」
直人が譲る。
六人は横へずれた。
注文はまだ確定していない。
「家族分は俺が払う」
直人が言う。
美咲が見る。
「三人分?」
「うん」
「じゃあ私が後で半分」
「半分っていくら?」
二人とも黙った。
子どもの分を半分にするのか。
直人と美咲の食べた金額だけ割るのか。
今まで考えなくても済んでいたことだった。
◇
午後六時二十九分。
由佳が紙とペンを持ってきた。
「書けば?」
注文を一行ずつ書く。
直人、バーガー。
美咲、バーガーとドリンク。
子ども、キッズバーガーとジュース。
黒瀬、チーズバーガーとポテト。
高校生、バーガー。
由佳、コーヒー。
「これなら分かる」
高校生が言った。
「でも子どもの分は?」
由佳が聞く。
直人と美咲が同時に答えた。
「俺が」
「私が」
二人で顔を見る。
子どもが笑った。
◇
午後六時三十二分。
「今日は私」
美咲が言った。
「じゃあ次は俺」
直人が答える。
「次も同じ値段とは限らないよ」
「じゃあ、そのとき考える」
決まりにはならなかった。
今日はそうする。
それだけだった。
六人はもう一度カウンターへ並ぶ。
今度は注文を分けた。
「まず三人分」
美咲が言う。
秩序は何も聞き返さず、三人分だけ打ち直した。
◇
午後六時四十分。
全員の注文が終わった。
テーブルにはレシートが四枚ある。
美咲の家族。
黒瀬。
高校生。
由佳。
「面倒になったな」
黒瀬が言う。
「前から面倒だったんじゃない?」
由佳が返す。
「誰かが払ってただけで」
直人はレシートを見る。
その通りだった。
誰が食べたか。
誰が払ったか。
誰が後で返したか。
誰が返していないか。
一回なら覚えていられる。
一か月分は無理だった。
◇
午後七時三分。
高校生がレシートの裏に名前を書いた。
「これ、取っといた方がよくないですか」
「何のために?」
直人が聞く。
「分かんないけど。また誰が払ったってなるし」
美咲が四枚を見た。
「じゃあ今日の分だけ置いとく?」
「どこに」
店の隅には箱がいくつもある。
衣類。
薬。
工具。
子どもの玩具。
食器。
まだ、金のための箱はない。
由佳が空の紙コップを指した。
「とりあえず、これ?」
レシート四枚を折って入れる。
紙コップの側面に、高校生がペンで書いた。
《今日のレシート》
共同財布ではない。
会計帳でもない。
ただ、今日誰が払ったかを捨てないための入れ物だった。
◇
午後七時十九分。
カウンターでは次の客が一人で注文していた。
一人分。
一人で払う。
それなら迷わない。
直人は紙コップを見る。
一緒に暮らす人数が増えたわけではない。
一緒に食べる回数が増えた。
それだけで、「誰が払う」は個人の財布だけでは終わらなくなった。
明日からどうするかは、まだ決めていない。
今日のレシートだけが、紙コップの中に残った。




