第82話 四週間
二十八日目、午後二時十七分。
直人は、店の隅に積まれた物を見ていた。
最初はリュックが三つだった。
今は違う。
折り畳んだ毛布。
紙袋。
着替えを入れた箱。
拾ってきた電気ケトル。
電子レンジを載せたテーブル。
別のテーブルには、小型の冷蔵庫が載っている。
その隣では、椅子を二脚つなげて子どもの昼寝場所にしていた。
通路だけは空いている。
クルーに何度か注意されたからではない。
最初から、そこを塞げば人が通れなくなると分かっていたからだ。
四週間。
二十八日前には、誰の物もなかった場所だった。
◇
午後二時二十九分。
子どもの荷物箱も増えていた。
色鉛筆。
紙飾り。
誕生日にもらった、ぱむちゃんの指人形。
その後にもらったシール。
小さなミニカー。
ぱむちゃんのスタンプ。
「これ、全部ラッキーセット?」
高校生が聞く。
「そう」
子どもが答えた。
「毎週?」
「まいしゅう」
直人は箱を見る。
言われてみれば、カウンター上の写真は毎週変わっていた。
世界が壊れても、月曜日が来れば《今週のおまけ》だけは律儀に入れ替わった。
誰もそのことを特別には数えていなかった。
指人形。
シール。
ミニカー。
スタンプ。
どれも普通だった。
◇
午後二時四十二分。
「今週これ」
子どもがカウンターを指した。
六種類の写真。
ぱむちゃんの小型ライト。
折り紙セット。
シールブック。
ミニパズル。
小さなコップ。
キーホルダー。
「どれにする?」
美咲が聞く。
「ライト」
「暗いところ行かないでしょ」
「ひかるから」
理由はそれだけだった。
美咲は財布を見る。
「今週まだ買ってないよね」
「うん」
カウンターへ行く。
◇
午後二時四十八分。
「ラッキーセットひとつ。バーガーはこれで、ドリンクはオレンジ」
美咲が注文する。
秩序が復唱する。
値段も普通だった。
紙箱も、誕生日のときと同じ形だった。
「おまけは、こちらからお選びいただけます」
子どもが写真を指す。
「これ」
「ぱむちゃんライトですね。かしこまりました」
特別な言い方ではなかった。
◇
午後三時二分。
食べ終わったあと、子どもがライトを箱から出した。
黄色いプラスチック。
丸いバンズ型の本体。
側面に小さなスイッチ。
上にはゴマが四つ描かれている。
「つけていい?」
「いいよ」
かち。
白い光がテーブルを照らした。
「明るい」
高校生が言う。
「ライトだからね」
美咲が答える。
子どもはテーブルの下を照らした。
椅子の脚。
紙袋。
落ちていた色鉛筆。
「あった」
拾う。
それだけだった。
◇
午後三時十一分。
直人がライトを手に取った。
軽い。
玩具売り場にありそうな重さだった。
裏を見る。
小さな電池蓋。
「ちゃんと電池入ってるんだ」
「とらないで」
子どもが言う。
「取らないよ」
返す。
子どもは荷物箱へ入れず、指人形の隣へ置いた。
ぱむちゃんが二つ並ぶ。
片方は何もしない。
片方は光る。
今のところ、それだけだった。
◇
午後四時三十六分。
窓の外を一体のゾンビが歩いていった。
誰も立ち上がらなかった。
少し前なら、入口の近くに来るだけで何人も見ていた。
今は高校生が一度だけ顔を上げ、またスマートフォンへ戻る。
PANDEMONIUMのWi-Fiにつながっている。
充電ケーブルが壁際まで伸びている。
テーブルには砂糖とミルクを分けた小袋。
空になったドリンク容器は洗って小物入れに使われている。
紙ナプキンも、必要な分だけ取ってある。
暮らしている。
直人は、その言葉を頭の中で使ってから少し嫌になった。
避難している、ではなかった。
もう四週間もここにいる。
◇
午後五時十八分。
美咲が子どもの靴を見る。
つま先に触れる。
「やっぱり、そろそろだね」
先日書いた足形を出す。
青い靴を取りに行く予定は、まだ日付を決めていない。
直人が横から見る。
「行くなら、今度は帰る時間だけじゃなくて、暗くなる前に動きを止める時刻も決めよう」
美咲が頷く。
「それは決める」
前回の探索は、予定時刻までに戻ることだけを考えていた。
帰れなくなったとき、三人は途中の家で夜を越した。
失敗ではなかった。
だからといって、同じにする理由もなかった。
◇
午後六時二分。
店内の照明が窓へ映る。
四週間前と同じ明るさだった。
クルーの制服も同じ。
メニューも同じ。
「いらっしゃいませー!」
入口で声がする。
直人の髭は伸びた。
子どもの靴は小さくなった。
荷物は増えた。
座る場所の使い方も変わった。
ラッキーセットのおまけも、四回変わった。
子どもが新しいライトを点ける。
昼間にも見た、普通の白い光だった。
四週間目の夜が始まった。
誰も、そのライトの電池を外そうとは思わなかった。




