第81話 午前四時の帰還
二十八日目、午前三時四十二分。
美咲は起きていた。
眠らなかったわけではない。
テーブルに伏せて、二十分。椅子にもたれて、四十分。
目を閉じるたび、入口の音で起きた。
自動ドアは何度か開いた。
そのたびにクルーが言った。
「いらっしゃいませー!」
入ってきたのは、夜のあいだ店の近くを移動していた生存者だったり、トイレから戻った人だったりした。
直人たちではなかった。
◇
午前三時五十一分。
子どもは二つ並べた椅子の上で眠っていた。
薄い毛布がずれている。
美咲が掛け直す。
高校生は入口近くの席で寝ていた。
七時に捜索へ出ないと決めてから、誰も外へ出ていない。
それで正しかったのかは、まだ分からない。
正しかったことにするために、直人が帰ってくる必要もない。
あの時点で夜へ人を追加で出さないと決めた。
その結果を待っている。
◇
午前三時五十八分。
自動ドアの向こうに影が見えた。
美咲は立った。
一つ。
少し離れて、二つ。
その後ろに三つ。
高校生も起きる。
「人?」
「三人」
影はゆっくり近づいてくる。
走ってはいない。
入口の照明が顔を拾う。
由佳。
黒瀬。
直人。
美咲は子どもを起こさなかった。
◇
午前四時一分。
自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー!」
出発した朝と同じ声だった。
カウンターにいたクルーも、朝と同じ制服だった。
直人は一歩入って止まった。
「……ただいま」
クルーは笑顔のまま言う。
「店内ご利用ですか?」
直人が少しだけ笑った。
「利用します」
「かしこまりましたー!」
由佳が店内へ入る。
リュックの中で、薬の袋が鳴った。
黒瀬が最後に入る。
ドアが閉じた。
◇
午前四時三分。
美咲が直人の前に立つ。
「遅れた」
直人が言った。
「うん」
「ごめん」
「怪我は?」
「ない」
「二人は?」
由佳が首を振る。
「大丈夫です」
黒瀬も頷く。
美咲はそこで初めて椅子を引いた。
「じゃあ座って」
直人が座る。
「何があった?」
「帰り道を変えた。暗くなってから動けなくなって、途中の家で待った」
「連絡は」
「外じゃ無理だった」
「知ってる」
それ以上、責めなかった。
◇
午前四時九分。
由佳が薬をテーブルへ置く。
「母のです」
美咲が見る。
「見つかった?」
「母は、見つかりませんでした」
由佳は薬の袋から手を離した。
「でも、ここまでは持って帰れました」
直人が続ける。
「帰りに倒れてる人がいた。水を一本渡して、家まで運んだ」
高校生が聞く。
「その人も連れてくればよかったんじゃ」
「本人が家でいいって言った」
「それで置いてきたんですか」
「うん」
高校生は何か言いかけて、やめた。
◇
午前四時十七分。
「何か食べる?」
美咲が聞いた。
直人がメニューを見る。
昨日の朝と同じ写真。
同じ価格。
「バーガー」
「三つ?」
由佳が首を振る。
「私はポテトも」
黒瀬が言う。
「俺、ドリンク」
三人はそれぞれ注文した。
クルーは深夜四時でも、昼と変わらない調子で注文を復唱した。
油の音。
氷の落ちる音。
紙袋の擦れる音。
外では夜が続いている。
店内では朝食なのか夕食なのか分からない食事が作られていく。
◇
午前四時二十六分。
子どもが起きた。
「ママ」
「ここ」
「パパは?」
美咲は向かいを指す。
直人がバーガーを持ったまま手を上げる。
子どもは椅子から降りた。
走りかけて、美咲を見る。
美咲は何も言わなかった。
今度は走っていい。
子どもが直人へ抱きつく。
バーガーが少し潰れた。
「おかえり」
「ただいま」
◇
午前四時三十四分。
「いらっしゃいませー!」
また誰かが入ってきた。
クルーの声が響く。
直人たちの帰還にも、特別な言葉はなかった。
それが、この店ではいちばん変わらない歓迎だった。




