第80話 帰還時刻
二十七日目、午後五時十二分。
PANDEMONIUMの窓が暗くなり始めた。
店内は明るい。
天井の照明も、レジ上のメニューも、朝と同じだった。
美咲はスマートフォンを見る。
直人たちから連絡はない。
外へ出れば圏外になる。
分かっている。
それでも、十五分ほど前から画面を見る回数が増えていた。
「まだ?」
子どもが聞いた。
「まだ」
「いつかえる?」
「分かんない」
美咲は時計を見る。
帰還予定は、午後五時半だった。
◇
午後五時二十九分。
高校生が入口の近くへ行く。
自動ドアの向こうは薄暗い。
「あと一分」
誰に言うでもなく言った。
美咲は返事をしなかった。
五時半になった。
ドアは開かない。
店内ではポテトの揚がる音がした。
「ポテト、揚げたてでーす!」
クルーの声が飛ぶ。
誰も注文していない。
いつもの声だった。
高校生が振り返る。
「時間、過ぎました」
「うん」
「どうします?」
美咲は答えなかった。
決めていたのは、帰還予定時刻だけだった。
予定を過ぎたとき、何分で探しに行くかまでは決めていない。
◇
午後五時四十一分。
十二分。
店の時計は普通に進んでいる。
外が暗くなる。
客席の窓に店内が映り始める。
「閉店って何時でしたっけ」
誰かが聞いた。
カウンターにいた秩序が答える。
「二十四時間営業でございます」
「今日も?」
「はい」
「外、あんなですけど」
「二十四時間営業でございます」
同じ調子だった。
美咲は窓を見る。
店は閉まらない。
だから、直人たちが遅れたからといって、営業時間を延ばしてもらう必要もない。
待つ場所だけは、最初から朝まで開いていた。
◇
午後六時三分。
「探しに行った方がいいんじゃないですか」
高校生が言った。
「暗くなる前に」
もう暗くなり始めている。
美咲は地図を開く。
直人たちの予定経路。
親戚宅。
帰り道。
途中で何かあった可能性。
「行くなら誰が?」
美咲が聞く。
高校生が黙る。
「俺は行けます」
「一人で?」
「……誰かと」
「誰かを二人、ここから出すことになる」
高校生は入口を見る。
美咲も見る。
探しに行けば、遅れている三人を助けられるかもしれない。
探しに出た二人が帰れなくなるかもしれない。
何もしなければ、ただ待つことになる。
「六時半まで待つ」
美咲が言った。
「それで来なかったら?」
「そのとき決める」
「今決めないんですか」
「今と六時半じゃ、分かってることが違うから」
◇
午後六時二十二分。
子どもはテーブルで絵を描いていた。
青い靴。
横に、茶色い四角。
「これなに?」
美咲が聞く。
「おみせ」
「こっちは?」
「パパ」
店からずいぶん離れた場所に、小さな棒人間が描かれている。
美咲は何も言わなかった。
消させもしなかった。
◇
午後六時三十分。
来ない。
高校生が立ち上がる。
美咲も立った。
「行く?」
「まだ」
「六時半です」
「うん。だから決める」
美咲は店内を見た。
外へ出られる人。
ここに残る人。
子ども。
荷物。
夜道。
そして、直人が出る前に言った言葉を思い出す。
遅れたら、待っていてほしい。
何時まで、とは言わなかった。
美咲は時計を見る。
「七時まで待つ」
高校生が眉を寄せる。
「また延ばすんですか」
「そう」
「それ、ずっとできますよ」
「ずっとはしない」
「どこで止めるんですか」
美咲は少し考えた。
「七時になったら、今度は待つか探すかじゃなくて、夜に誰を外へ出せるかで決める」
待つ時間を増やしたのではない。
次に使う判断材料を変えた。
◇
午後七時。
来ない。
美咲は入口を見た。
「今から行く?」
高校生が聞いた。
美咲は首を振った。
「行かない」
「でも七時に決めるって」
「決めた。夜は出さない」
外はもう昼間とは別の場所だった。見える範囲が狭い。探す側まで帰れなくなる可能性が上がっている。
「朝まで?」
「朝まで戻らなかったら、その時また決める」
子どもが入口を見る。
「パパは?」
「帰ってくる場所はここ」
PANDEMONIUMは閉まらない。照明も落とさない。クルーも探しに行かない。
待っているのは店ではない。
人間だけだった。




