↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/111

第77話 美咲の予定


二十七日目、午前九時二十三分。


直人たちが出てから、一時間二十一分。


美咲は子どもの靴を見ていた。


つま先が白く擦れている。


「痛い?」


「いたくない」


「ほんと?」


「ほんと」


五歳の子どもは、そのまま店内を走ろうとした。


「走らない」


止まる。


また歩く。


美咲は靴を見た。


終末が始まった日に履いていた靴だった。


◇


午前九時三十一分。


荷物箱を開ける。


子どもの服。


下着。


タオル。


色鉛筆。


誕生日にもらった、ぱむちゃんの指人形。


靴は一足だけだった。


美咲は自分の荷物も見る。


必要なものはだいたいある。


必要になってから拾ったものもある。


買ったものもある。


店でどうにかなったものもある。


けれど、子どもの靴だけは拾ったものを履かせる気になれなかった。


サイズが合わなければ歩けない。


外で足を痛めれば、それだけで困る。


「家にあったよね」


美咲が言う。


子どもが指人形を指にはめたまま振り向く。


「なにが?」


「大きい靴」


「青いの?」


「あれ」


「あるよ」


子どもは覚えていた。


◇


午前九時四十七分。


美咲は地図を開いた。


PANDEMONIUMのフリーWi-Fiにつながっている。


以前住んでいた集合住宅までの道を表示する。


距離。


道路。


途中の交差点。


直人なら、ここから先に条件を書き始める。


何人で行くか。

何時に出るか。

どの道を使うか。

何を持って帰るか。

危険ならどこで戻るか。


美咲は地図を閉じた。


まだ行かない。


今日は直人たちが外へ出ている。


だから今日ではない。


それだけ決めた。


◇


午前十時二分。


「明日、家に行こうと思う」


美咲が言った。


高校生が顔を上げる。


「相沢さんたち帰ってから?」


「ううん。明日」


「いや、だから相沢さんに聞いてからってこと?」


美咲は少し考えた。


「話はするよ」


「許可じゃなくて?」


「なんで直人の許可がいるの」


高校生が黙った。


「危ないから」


「危ないかどうかは一緒に考える。でも行く理由まで直人に決めてもらわない」


美咲は子どもの靴を見る。


「この子の次の靴、取りに行く」


◇


午前十時十三分。


「俺、行こうか?」


高校生が言った。


「まだ頼まない」


「なんで」


「誰と行くかは、行くって決めてから考える」


「順番、逆じゃない?」


「そう?」


美咲は笑った。


「直人なら逆かもね」


高校生も少し笑った。


「絶対、表作る」


「作るね」


美咲は紙を一枚取った。


それでも表にはしなかった。


《青い靴》


その下に、


《子どもの上着》

《写真》


と書く。


写真でペンが止まった。


「写真も必要?」


高校生が聞く。


「必要じゃない」


「じゃあ何で」


「欲しいから」


それだけだった。


◇


午前十時二十九分。


紙には三つだけ残った。


青い靴。

子どもの上着。

写真。


冷蔵庫もある。


テレビもある。


電子レンジもある。


布団もある。


持ってこようと思えば、運べる物はいくらでもある。


店内では、拾ってきた家電や家具がもう生活の一部になっていた。


だから美咲は書かなかった。


家へ行くことと、家を空にすることは違う。


◇


午前十一時四分。


子どもが紙を見る。


「これなに?」


「明日取りに行きたいもの」


「いっしょにいく?」


美咲はすぐには答えなかった。


「それはまだ決めてない」


「ぼくのくつだよ」


「そうだね」


「ぼくもいく」


美咲は子どもの顔を見る。


自分が行くと決めたからといって、子どもまで連れていくことは決まらない。


「それは一緒に考えよう」


「だれと?」


「あなたと」


子どもが少し考えた。


「パパは?」


「パパとも話す」


「みんな?」


「最後は、行く人が決める」


子どもには難しかったらしい。


「ふうん」


指人形を動かす。


「ぱむ」


◇


午後零時十一分。


直人から連絡はない。


店内ではWi-Fiが生きている。


外へ出た直人の端末は圏外になる。


だから、美咲はメッセージを送らなかった。


帰ってきてから話せばいい。


急ぎではない。


明日の予定だった。


それまでに変われば、やめればいい。


◇


午後一時三十六分。


美咲は子どもの足を紙の上に置いた。


鉛筆で輪郭を取る。


「くすぐったい」


「動かない」


「むり」


線が曲がる。


もう一度。


今度は少しましだった。


足形の横へ日付を書く。


二十七日目。


いつから今の靴が小さくなり始めたのかは分からない。


でも、子どもの足は終末になっても大きくなる。


クルーは初日と同じ制服で働いている。


メニューも値段も、店の明るさも変わらない。


その中で、子どもの靴だけが少しずつ合わなくなっていた。


◇


午後二時八分。


美咲は紙を荷物箱の蓋に挟んだ。


《明日》


とは書かなかった。


《次に家へ行くとき》


と書き直した。


予定は決めた。


日付までは決めない。


直人が帰ってきたら話す。


危険なら変える。


子どもが行きたいと言ったことも伝える。


それでも、最初の一行だけは消さなかった。


《青い靴》


直人がいない午前中に、美咲は家族の次の用事を一つ決めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。