第72話 ドアの前
二十五日目、午後十一時四十七分。
自動ドアの前に、六体いた。
さっきまで三体だった。
直人は眠れずに見ていた。
ガラス越しに重なる顔。
一体がドアへ肩をぶつける。
センサーが反応した。
ドアが開く。
「開いた!」
高校生が叫んだ。
全員が身体を起こした。
秩序がカウンターから歩いてきた。
急いでいなかった。
◇
一体目の腕が店内へ入る。
秩序がその手首を取った。
軽く横へ動かしたように見えた。
ゾンビの身体が視界から消えた。
二体目。
同じだった。
三体目はドア枠へぶつかった。
鈍い音。
秩序は制服の袖口を一度直した。
「店内での危険行為はご遠慮ください」
誰に言ったのか分からない。
ゾンビは聞いていない。
残りも寄ってくる。
秩序はドアの外へ出た。
◇
「閉めろよ」
高校生が呟いた。
誰も閉めに行かなかった。
行けるわけがない。
秩序は駐車場で一体を退ける。
次。
次。
動きに焦りがない。
呼吸も乱れない。
声も上がらない。
最後の一体を入口から離したあと、床に落ちていた紙片を拾った。
ゴミ箱へ捨てる。
それから戻ってきた。
「お待たせいたしました」
何を待っていたのか、直人には分からなかった。
◇
午前零時二分。
「怖くないんですか」
由佳が聞いた。
熱は三七・五。
布団から身体だけ起こしている。
秩序はカウンターの中に戻っていた。
「何がでしょうか」
「外の人たち」
由佳は言ってから言い直した。
「……ゾンビ」
秩序は一拍置いた。
「営業に支障が生じる場合は対応いたします」
「そうじゃなくて、怖いとか」
「ご注文でしょうか」
由佳は黙った。
秩序は次の客へ向いた。
◇
午前零時十九分。
また二体来た。
今度は渾沌だった。
「はーい、ちょっと失礼しまーす!」
明るい声。
一体を押し出す。
もう一体を持ち上げる。
駐車場の端へ運ぶ。
「そこ危ないですよー!」
高校生が口を開けたまま見ている。
「何が危ないんだよ」
黒瀬が言った。
高校生は答えない。
渾沌が戻る。
自動ドアの敷居を確認する。
汚れを見つける。
モップを持ってくる。
拭く。
「そこまでやる?」
美咲が言った。
「店だからじゃない?」
直人が答えた。
自分で言って、気味が悪くなった。
◇
午前零時四十一分。
外にはまだいる。
道路に十体以上。
駐車場にも影が動く。
それでも入口の前だけは空いていた。
客が来られるように。
来る客など、ほとんどいないのに。
「全部倒せるんじゃないの」
高校生が言った。
黒瀬が窓を見る。
「たぶんな」
「じゃあ、なんでやらない」
「知らない」
直人は答えを考えなかった。
クルーが何をできるか。
何をしたいか。
どこまでを仕事だと思っているか。
人間側が勝手に一本へ繋げると、昨日と同じことになる。
できそうだから、する。
強いから、救う。
そういう約束は、一度もされていない。
◇
午前一時八分。
自動ドアの前へ、今度は四体。
一体がガラスを叩く。
二体目が押す。
三体目が重なる。
直人の背中に汗が出た。
由佳が布団を握る。
高校生が立つ。
黒瀬は座ったまま入口を見ている。
秩序がレジを打っていた。
電子音。
「五百八十円でございます」
客が金を出す。
釣り銭を渡す。
「ありがとうございました」
そのあとで、秩序はドアへ向かった。
走らない。
一体目。
二体目。
三体目。
四体目。
全部、入口から消えた。
秩序は戻る。
レジの前を通る。
時計を見ることもしなかった。
◇
午前一時二十三分。
「慣れてるのかな」
由佳が言った。
直人は首を振った。
「分からない」
「でも、初めてじゃないみたい」
「初めてでも同じかもしれない」
由佳が直人を見る。
「どういう意味?」
直人にも説明できなかった。
クルーには、経験して慣れた人間の鈍さがない。
怖さを押し殺しているようにも見えない。
勇気を出しているようにも。
最初から、そこに恐怖という手順がないように見えた。
それが一番、人間から遠かった。
◇
午前一時五十一分。
渾沌がポテトを揚げている。
秩序がレジに立っている。
由佳はまた横になった。
美咲が次の検温時刻を書く。
黒瀬は水を飲む。
高校生は入口から三席離れた場所へ布団を移した。
誰もドアのそばで寝ようとはしない。
外にはまだゾンビがいる。
クルーは気にしていないように見える。
違うのかもしれない。
ただ、気にしている証拠が一つもなかった。
午前一時五十三分。
自動ドアの前に、また影が立った。
直人の身体が固くなる。
秩序はレジの金額を読み上げた。
渾沌はポテトへ塩を振った。
影がドアへ触れる。
人間だけが、それを待っていた。




