↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
71/122

第71話 夜のガラス


二十五日目、午後七時十二分。


最初に気づいたのは高校生だった。


「増えてない?」


窓際にいた直人が顔を上げる。


ガラスの向こう。


駐車場に、ゾンビがいた。


一体。


二体。


その奥にも。


街灯の下を、ゆっくり横切っている。


「昼より多いな」


黒瀬が言った。


「多いどころじゃないだろ」


高校生は窓へ近づく。


直人が腕を掴んだ。


「そこまで」


「ガラスあるじゃん」


「あるけど」


ガラスがある。


その事実を、今夜どこまで信用していいのかは分からなかった。


◇


午後七時二十六分。


由佳の体温は三七・七。


美咲が紙へ書く。


由佳は奥の布団から窓を見る。


「何人いるんですか」


「数えてない」


「数えないんですか」


直人は外を見る。


「数えて意味があるか分からない」


さっきより増えている。


入口近くに三体。

駐車場の端に五、六体。

道路にも影がある。


動いているから、正確には数えられない。


そのとき。


「番号札、四十二番でお待ちのお客様ー!」


渾沌の声が響いた。


全員が振り返った。


「チーズバーガーセット、お待たせしましたー!」


午後七時二十六分だった。


◇


午後七時四十一分。


ガラスへ手が当たった。


べた、と音がした。


由佳が身体を起こす。


一体が窓に顔を寄せている。


皮膚が汚れている。


口が動く。


歯がガラスに触れる。


高校生が後ずさった。


「これ、大丈夫なの」


誰も答えない。


もう一体が寄ってくる。


肩がぶつかる。


ガラスが小さく鳴った。


直人は非常口を見る。


次に自動ドア。


次に店内の人数。


黒瀬が言った。


「逃げ道、決めとくか」


「バックヤードは?」


高校生が言う。


「入れない」


「こんなときも?」


「入ろうとしたら止められる」


「ゾンビより店員に止められるの?」


「たぶん」


誰も笑わなかった。


◇


午後八時三分。


外はさらに暗くなった。


そのぶん、ガラスが鏡になる。


店内の白い照明。

テーブル。

冷蔵庫。

積まれた生活用品。

布団。


その全部が窓へ映る。


映った店内の向こう側に、ゾンビがいる。


近いのか遠いのか、一瞬分からなくなる。


「カーテンないの」


由佳が聞く。


「店だからな」


黒瀬が答えた。


バーガーショップの大きなガラスは、昼には外を見渡せる。


夜には、外から中もよく見える。


「番号札、四十三番でお待ちのお客様」


今度は秩序だった。


声の調子は昼と変わらない。


◇


午後八時十九分。


ゾンビが十体を超えたあたりで、数えるのをやめた。


道路の向こうにもいる。


駐車場にもいる。


ガラスの前にもいる。


店の明かりに寄っているのか。

人間の気配なのか。

音なのか。


分からない。


「照明、消してもらえないかな」


高校生が言った。


美咲がカウンターを見る。


「営業中だから、消さないんじゃない?」


「聞くだけ聞こうよ」


高校生が秩序のところへ行く。


しばらくして戻ってきた。


「駄目だった?」


「『通常通り営業しております』って」


黒瀬が鼻で笑った。


「だろうな」


◇


午後八時三十四分。


自動ドアが開いた。


全員が立った。


外側にゾンビがいる。


渾沌が出た。


「危ない!」


由佳が叫ぶ。


渾沌は振り返らない。


何かがぶつかる音。


一体が消える。


次も。


三体目。


渾沌の動きは速すぎて、由佳には何をしたのか分からなかった。


「……昨日も見たけど」


由佳が呟く。


黒瀬が言う。


「慣れないだろ」


「はい」


「俺も」


◇


午後九時二分。


ガラスの前から数体減った。


その奥には、まだいる。


渾沌が全部を倒しに行くわけではない。


店へ直接危険を及ぼすものだけ。


遠くのゾンビは、そのままだった。


直人はそれを見ていた。


安全になったわけではない。


店のすぐ前だけが、営業できる形に戻されている。


「番号札、四十四番でお待ちのお客様ー!」


渾沌が戻ってきた。


「ご注文の品、できあがりましたー!」


さっきまでゾンビを排除していた声と、同じだった。


◇


午後九時三十八分。


由佳はまた眠った。


美咲が布団を直す。


黒瀬は窓から少し離れた椅子にいる。


高校生はスマートフォンで外を撮ろうとして、やめた。


「なんか、写真だと違う」


「何が」


「怖さ」


直人は分かった。


外が暗い。


ガラスの向こうに何体いるか分からない。


時々、顔が近づく。


それだけでも怖い。


けれど、もっと気持ちが悪いものがある。


厨房から油の音がする。


ポテトが揚がる。


レジが鳴る。


番号が呼ばれる。


誰も叫ばない。


クルーだけは。


◇


午後十時十一分。


直人は窓際の椅子を一つ下げた。


誰かが近づきすぎないためだった。


テーブルは動かさない。


通路を塞ぐから。


生活のルールは、こんな夜にも残っている。


外ではゾンビがガラスを叩いた。


一度。


二度。


由佳が目を開ける。


直人も見る。


黒瀬も見る。


厨房から声がした。


「番号札、四十五番でお待ちのお客様」


秩序だった。


ガラスの外は、死んだ人間で埋まりつつある。


ガラスの内側では、四十五番の客が立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。