↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
61/124

第61話 眠れない人


二十一日目、午前二時十八分。


直人は、また目を開けた。


天井の照明が見える。


消えない。


二十四時間営業なのだから当然だった。


目を閉じる。


外で、何かがガラスを擦った。


目を開ける。


「……寝ろよ」


自分に言った。


眠れなかった。


◇


午前二時二十七分。


店内の半分ほどは眠っている。


テーブルへ伏せる人。

椅子を並べて横になる人。

持ち込んだ布団を使う人。


昼間に片づけたおかげで、通路は空いている。


直人はそこを歩いた。


眠る場所を変えれば眠れる気がした。


変わらなかった。


カウンターには秩序がいる。


「いらっしゃいませ」


入ってきた客へ、いつもの声を出す。


午前二時二十七分。


昨日の午後にも、そこにいた。

一昨日の午前零時にもいた。

もっと前にもいた。


直人は、秩序が椅子に座っているところを思い出そうとした。


思い出せなかった。


◇


午前二時四十一分。


「コーヒー」


直人は注文した。


「ホットで」


「かしこまりました」


眠れないのにカフェインを頼む自分がおかしくて、少し笑った。


席へ戻る。


厨房では渾沌が動いている。


油の音。

金属の触れる音。

冷蔵設備の低い唸り。


どれも昼と同じだった。


直人は紙カップを両手で持つ。


「眠くならないのかな」


隣から声がした。


新人の男だった。


彼も起きていた。


「誰が?」


「店員さん」


「さあ」


「交代してるとか?」


直人はカウンターを見る。


「少なくとも、俺は見たことない」


◇


午前三時六分。


二人で見ていた。


別に監視するつもりではなかった。


それでも、気になった。


秩序は注文を取る。


渾沌は厨房と客席を行き来する。


ぱむちゃんが歩いてくる。


「ぱむ」


新人が小声で言う。


「この子も寝るんですか」


「知らない」


「知らないこと多いですね」


「三週間近くいてもな」


ぱむちゃんは二人の横を通り過ぎた。


直人は時計を見る。


三時七分。


誰も欠伸をしない。

動きが鈍くならない。

声も掠れない。


疲労を隠しているようにも見えなかった。


そもそも、隠す必要があるものが存在するのか分からなかった。


◇


午前三時三十四分。


外で音がした。


今度は強い。


がん。


眠っていた何人かが起きる。


ガラスの向こうにゾンビが二体いた。


直人の肩が固くなる。


秩序は注文の途中だった。


「セットのお飲み物はいかがなさいますか」


客が答える。


「コーラで」


「かしこまりました」


渾沌が厨房から出てきた。


「ちょっと失礼しまーす!」


自動ドアが開く。


直人は反射的に身構えた。


渾沌は外へ出た。


短い音が二度した。


戻ってくる。


「おまたせー!」


厨房へ戻る。


秩序が会計を続ける。


直人の心臓だけが、まだ速かった。


◇


午前三時四十一分。


「怖くないんですかね」


新人が言った。


直人は答えなかった。


怖くない。


そう決めるのも違う気がした。


疲れない。

眠らない。

怖がらない。


人間が見えていないものを、ないことにするのは簡単だった。


ただ一つ確かなのは、直人が十九日間、彼らの営業が崩れるところを見ていないことだった。


◇


午前四時十二分。


美咲が起きてきた。


「まだ寝てないの?」


「寝た。ちょっと」


「嘘」


「なんで分かるんだよ」


「顔」


直人は頬を触った。


「ひどい?」


「ひどい」


美咲は無料のお冷やを汲んで戻っていく。


「コーヒー飲んでる場合じゃないでしょ」


「もう飲んだ」


「もっと駄目じゃん」


少し笑った。


笑うと、ほんの少し眠くなった。


◇


午前四時三十八分。


直人は布団へ戻った。


横になる。


カウンターの声が聞こえる。


「ありがとうございました」


次の客。


「いらっしゃいませ」


人間は眠らなければ壊れる。


だから、眠れないことが怖い。


明日の判断が鈍る。

走れなくなる。

怒りやすくなる。

外へ出るなら、それだけで死ぬ理由になる。


クルーは違った。


少なくとも、違って見えた。


彼らは十九日間ではなく、この店が始まってからずっとこうだったのかもしれない。


直人には確かめようがない。


目を閉じる。


油の音がする。


注文を取る声がする。


誰かが歩く足音がする。


眠らない店の音だった。


その音を聞きながら、眠らなければならない自分のほうが、今夜は奇妙に思えた。


午前四時四十六分。


直人はようやく眠った。


PANDEMONIUMは起きていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。