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第6話 死んだはず


朝から、直人の机には紙が集まっていた。


病院。

介護施設。

スーパー。

避難所として開ける予定の公民館。


誰かが持ってくるたびに、同じことを言う。


「相沢さん、これ、どっち先?」


昨日までは主任を通っていた。

今日は直接来る。


直人は紙を受け取り、余白に四つ書いた。


残量。

人数。

代替。

停止まで。


「こっちは水道が出てます。先にこっち」


「了解」


次。


「これは受け取りできます?」


「確認します」


次。


「ここ、昨日閉まってた病院ですよね」


「救急入口だけ再開したって」


直人は電話を取った。


繋がった。


受け渡しは可能。

ただし正面玄関には来ないでほしい。

裏手の職員駐車場。

午前十一時まで。


「柴崎さん、この便、裏へ変更です」


「了解」


柴崎航平が伝票を受け取る。


「相沢さん、完全に司令塔だな」


「違います」


「みんなお前に聞いてるじゃん」


直人は次の紙を見た。


聞かれているだけだ。


答えられることなら答える。

分からなければ確認する。


それだけだった。


九時四十一分。


柴崎から電話が来た。


『行けない』


「何がです?」


『道』


直人は地図を開く。


『病院の二本手前から警察が止めてる。車も人も入れない』


「事故?」


『分からん。警官に聞いたけど、規制中としか言わない』


「裏側は?」


『そっちもパトカー』


直人は時計を見る。


十一時まで。


「一度離れてください。近くで待たないで」


『荷物は?』


「持ったままで」


電話を切る。


病院へかける。


繋がらない。


もう一度。


繋がらない。


主任が横から聞いた。


「どうした」


「病院周辺が規制されました」


「解除は?」


「不明です」


「じゃあ待つか」


直人は地図を見る。


待てば、十一時を越えるかもしれない。


解除されるかもしれない。

されないかもしれない。


荷物を必要としていることは分かっている。


道だけがない。


「別便を先に回します」


直人は言った。


「柴崎さんの荷物は積んだまま。解除されたら戻す」


主任が頷いた。


地図上の一本を消す。


そのとき、事務所のテレビから大きな声がした。


誰かが音量を上げたらしい。


『死亡が確認されたあと、再び動き出したとの証言が複数寄せられています』


手が止まった。


事務所にいた全員がテレビを見る。


映像は病院らしかった。


廊下。

床に横たわる人。

白衣の人たちが離れていく。


画面が揺れる。


床の人影が、動いたように見えた。


誰かが言った。


「マジかよ」


別の声。


「死んでんだろ、これ」


映像はそこで切れた。


アナウンサーが繰り返す。


死亡確認の経緯は不明。

映像の撮影日時も確認中。

当局は情報を精査している。


それでも、事務所の空気は変わった。


「ゾンビじゃん」


昨日までネットにあった言葉が、すぐ近くで口にされた。


「噛まれたら熱出して、死んで、それで起きるんだろ」


「映画そのまんまじゃん」


直人はテレビを見る。


「まだ分からないです」


全員がこちらを向いた。


「何が?」


「本当に死亡確認されたか分からない。確認した人も映ってないし、日時も分からない」


「でも動いてるじゃん」


「死んでなかった可能性もあります」


誰かが笑った。


「相沢、そこ疑う?」


直人は笑えなかった。


疑う。


死亡確認後に動いた。

それが本当なら大きい。


だからこそ、そこを曖昧なまま繋げたくなかった。


噛まれた。

熱が出た。

死んだ。

動いた。


四つ並べれば、一つの話になる。


一つの話になれば覚えやすい。


でも、覚えやすいことと正しいことは別だった。


スマートフォンが一斉に震えた。


同じ映像が、別の角度から回ってきた。


今度は駐車場。


担架の上に横たわる人。

布が顔までかけられている。


数秒後、腕が上がる。


撮影者が悲鳴を上げる。


映像は走りながら乱れた。


「二本目だぞ」


主任が呟いた。


直人は何も言わなかった。


一本より二本のほうが重い。


それでも、二本とも何が起きたか全部は見えていない。


昼過ぎ。


警察規制は解除されなかった。


病院への電話も繋がらない。


直人は柴崎へ連絡した。


「戻ってください」


『もういいのか?』


「今日は入れません」


『明日は?』


直人は地図を見る。


規制区域を赤く囲った。


「別の道を使います」


『解除されるかもしれないぞ』


「解除されたら戻せます。でも解除される前提では組めません」


『了解』


赤い円を避けて線を引く。


遠回りになる。


燃料も時間も余計にかかる。


でも、存在するか分からない道を使うよりいい。


夕方、帰宅すると黒瀬が廊下で工具箱を閉じていた。


「何してるの」


「五階のドア」


「また直したの?」


「閉まりにくいって」


二人で階段を上る。


黒瀬が言った。


「死んだやつ、動いたんだってな」


「見た?」


「動画は」


「本当に死んでたか分からない」


黒瀬は一段上で止まった。


「じゃあ、死んでなかったなら安心なのか」


直人も止まる。


「え?」


「死んだ人間が動いたんじゃなくて、生きてる人間があれになっただけなら、大丈夫?」


直人は答えなかった。


黒瀬はまた上り始める。


「俺はどっちでも近づきたくない」


「それはそうだけど」


「なら今はそれでいいだろ」


部屋へ戻ると、美咲がテレビを消した。


「もう見たくない」


「動画?」


「ずっと同じの流してる」


食卓に夕飯がある。


直人は座った。


「会社、明日も行くの?」


「行く」


「道、大丈夫?」


「一本、使えなくなった」


「いつまで?」


「分からない」


美咲は箸を止めた。


以前なら、その言葉を言うのが嫌だった。


分からないなら調べる。

調べれば決められる。


でも今日は、警察も解除時刻を言わなかった。

病院も電話に出なかった。

映像も真偽が確定しなかった。


分からないものが、調べる速さより先に増えていく。


夕食後、直人はノートパソコンを開いた。


美咲が時計を見る。


「十分?」


「今日は十五分」


「増えてる」


「道が一本増えたから」


「減ったんでしょ」


直人は少し笑った。


「迂回路が増えた」


地図を開く。


規制区域は消さない。


解除予定とも書かない。


ただ、使わない道として残す。


その外側に、明日の線を引く。


死亡確認後に人が動くのか。

噛まれたらどうなるのか。

何が感染を広げるのか。


分からない。


けれど、明日の車がどこを通らないほうがいいかは決められる。


直人は一本目の迂回路を保存した。

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