第58話 午前零時のポテト
二十日目、午前零時二分。
「腹減った」
高校生が言った。
直人は目を開けた。
テーブルに伏せていたらしい。
「今?」
「今」
「さっき食べてなかった?」
「九時」
三時間前だった。
高校生はスマートフォンを見る。
「ポテト食いたい」
誰も止めなかった。
◇
午前零時四分。
高校生はカウンターへ行った。
直人も何となく見ていた。
照明は落ちていない。
メニューボードも点いている。
フライヤーの音がする。
秩序はカウンターにいた。
「ご注文をどうぞ」
「ポテトL、一個」
「かしこまりました」
それだけだった。
深夜料金もない。
夜間メニューにもならない。
「お時間少々いただきます」
「はい」
高校生が戻ってくる。
「買えた」
「そりゃ買えるだろ」
黒瀬が言った。
「いや、なんか……零時だぞ」
「二十四時間営業だろ」
「知ってるけど」
知っていることと、十九日間ずっとそれが本当であることは、少し違った。
◇
午前零時九分。
「八十一番のお客様」
高校生が立つ。
紙袋を受け取る。
熱いポテトの匂いが広がった。
「一本くれ」
眼鏡の男が手を出す。
「やだ」
「ケチ」
「買えよ」
「この時間に?」
「この時間でも」
眼鏡の男は少し考えてから、財布を持って立った。
「俺も買う」
◇
午前零時十五分。
二人目のポテトが揚がる。
美咲も起きた。
「何してるの」
「夜食」
「匂いで起きた」
「食う?」
「一本だけ」
高校生が紙袋を遠ざける。
「買え」
「さっき自分でケチって言われてたじゃん」
「だから学んだ」
小さな笑いが起きた。
十九日目の午前中、三十八分があれほど長かった。
今は十五分が、ポテトを待つ時間として過ぎている。
同じ時計だった。
◇
午前零時二十三分。
外で何かがガラスへ当たった。
ごん、と鈍い音。
笑いが止まる。
窓の向こうに、人影があった。
人ではなかった。
額をガラスへ押しつけ、口を開けている。
その後ろにも一体。
高校生はポテトを持ったまま固まった。
秩序がカウンターから顔を上げた。
「店内でお待ちください」
声の調子は変わらなかった。
渾沌が厨房から出てくる。
「ちょっと行ってくるねー!」
自動ドアが開いた。
冷気が入り、閉じる。
数秒後。
窓の前から影が消えた。
渾沌が戻ってくる。
「おまたせー!」
厨房へ戻った。
フライヤーの音が続く。
眼鏡の男が自分のポテトを見る。
「冷めるぞ」
黒瀬が言った。
「あ、うん」
一本食べる。
◇
午前零時三十一分。
直人はカウンターの上の時計を見た。
午前零時三十一分。
閉店まで、という数字はなかった。
朝まで待てば開く、でもない。
ずっと開いている。
最初の数日は、それが命綱だった。
今では、眠って起きて、洗濯して、誕生日を祝って、夜中に腹が減ればポテトを買う場所になっている。
その普通さが、ありがたかった。
普通すぎることが、ときどき怖かった。
外では世界が終わったままだ。
この店だけが、営業時間を変えていない。
◇
午前零時四十六分。
高校生が紙袋を丸めた。
「ごちそうさま」
ゴミ箱へ捨てる。
「寝る」
「食ってすぐ寝るのかよ」
「明日もあるし」
言ってから、本人が少し止まった。
誰も何も言わなかった。
明日もある。
それを言える根拠は、外にはほとんど残っていない。
それでも店内には、明日の午前零時にも注文できそうなカウンターがあった。
秩序が立っている。
厨房から油の音がする。
ぱむちゃんが客席を横切る。
「ぱむ」
高校生が手を上げた。
「おやすみ」
返事だったのかは分からない。
午前零時四十七分。
PANDEMONIUMは、営業中だった。




