第56話 洗濯の日
十九日目、午前七時十三分。
「晴れてる」
美咲が言った。
直人は窓を見る。
青かった。
雪の日以来、空を見るとまず外出できるかどうかを考えるようになっていた。
今日は雲が少ない。
風も弱い。
駐車場の雪はほとんど消えている。
「洗濯できるんじゃない?」
灰色のリュックの女が言った。
全員が彼女を見る。
「外で?」
「干すの」
◇
洗うこと自体は、もう何度もやっていた。
多目的トイレや手洗い場の湯を使い、少量ずつ。
問題は乾燥だった。
店内へ濡れた服を大量に広げるわけにはいかない。
椅子やテーブルは客席だ。
通路も塞げない。
だからタオルで挟んで水気を取ったり、少量ずつ乾かしたりしていた。
「外なら一気に干せる」
灰色のリュックの女が窓を指す。
駐車場の端。
日が当たっている。
黒瀬が言った。
「ゾンビも一気に来るかもしれないけどな」
「だから短時間」
晴天は安全ではない。
それでも今日は、脅威以外の使い道があった。
◇
午前八時五分。
持っていく物がテーブルに並んだ。
洗ったシャツ。
靴下。
タオル。
子どもの服。
ロープ。
洗濯ばさみ。
ロープは以前の探索で拾ったものだった。
「どこに張る?」
直人が聞く。
黒瀬が窓から外を見る。
「店の建物には結ばない。駐車場のフェンスと、向こうの標識」
「道路側は?」
「見通し悪い」
「何分?」
「十五分で干す。様子見て戻る」
「乾かないでしょ」
「干す組と見張る組を交代。危なければ回収」
完全に乾かすことより、外気と日光へ当てることを優先する。
それだけでも違う。
◇
午前八時三十二分。
自動ドアが開いた。
冷たい空気が入る。
黒瀬、直人、灰色のリュックの女、高校生の四人が出た。
背後でドアが閉じる。
店内の暖かさが一枚のガラスの向こうへ移った。
外は静かだった。
雪解けの水がアスファルトの低いところに溜まっている。
遠くで一体、ゾンビが歩いていた。
こちらにはまだ気づいていない。
「急ごう」
ロープを張る。
濡れたシャツを掛ける。
洗濯ばさみで留める。
風が袖を膨らませた。
高校生が笑う。
「普通だな」
「何が」
「洗濯物」
終末の駐車場に、白いシャツが揺れていた。
◇
午前八時四十一分。
「右」
黒瀬が言った。
全員の手が止まる。
道路の向こうから二体。
まだ遠い。
「戻る?」
直人が聞く。
黒瀬は距離を見る。
「あと三分」
「三分で何する?」
「残り干す」
灰色のリュックの女はもう次のタオルを広げていた。
直人も手を動かす。
危険がないわけではない。
危険しかないわけでもない。
その間で、靴下を一足干す。
◇
午前八時四十五分。
店へ戻った。
「全部置いてきたの?」
美咲が聞く。
「干してきた」
「取られない?」
高校生が答える。
「ゾンビが靴下欲しがったら諦める」
「そういう意味じゃない」
窓から洗濯物が見える。
フェンス沿いに、シャツやタオルが並んでいる。
店内の何人かが、ときどき外を見るようになった。
ゾンビではなく、洗濯物を見るために。
◇
午前十時二十分。
二度目の回収に出た。
今度は美咲も行った。
子どもは店内に残した。
日差しはまだある。
シャツの肩は乾き始めていた。
タオルは半乾き。
靴下は風でよく揺れている。
「もう少し置きたい」
美咲が言う。
黒瀬が道路を見る。
「十分だけ」
誰も反対しなかった。
空が晴れている時間を、少し欲張った。
◇
午前十時三十一分。
店内では、直人が窓際に立っていた。
外の四人が洗濯物を外している。
その向こう。
道路の角から、一体。
さらに後ろから、もう一体。
直人はガラス越しに手を上げた。
黒瀬が気づく。
こちらを見た。
それから道路を見る。
洗濯物は、まだ半分ロープに残っていた。
直人は時計を見た。
十分は、もう過ぎている。
カウンターでは秩序が注文を取っていた。
「以上でよろしいでしょうか」
厨房では、いつもの油の音がする。
外では美咲たちが、急いでシャツを外していた。




