第50話 二十七円
十六日目、午前十一時二分。
「二十七円、返して」
眼鏡の男が言った。
高校生の少年はポテトを食べる手を止めた。
「何の?」
「昨日の電池」
「あれ百円じゃなかった?」
「百二十七円。お前、百円しかくれなかっただろ」
少年はしばらく考えた。
「ああ」
「ああ、じゃなくて」
「二十七円ない」
「十円玉二枚あるだろ」
「あるけど、七円ない」
「じゃあ二十円」
「それだと俺が七円得するじゃん」
「今もう二十七円得してるだろ」
直人は思わず笑った。
眼鏡の男が振り返る。
「笑い事じゃない」
「すみません」
◇
問題は二十七円だった。
百円なら渡せる。
五十円なら何とかなる。
でも、一円玉や五円玉は思ったより少ない。
世界が壊れる前なら、財布の底で邪魔だった硬貨が、今は妙に細かい問題を起こす。
「じゃあ次の仕事から引けば?」
美咲が言った。
「次があるか分からない」
「コーヒー一口」
「いらない」
「砂糖」
「俺、ブラック」
「面倒くさいなあ」
少年が言う。
「お前の借金だろ」
「二十七円で借金って言う?」
「金額の問題じゃない」
少しだけ、空気が固くなった。
◇
午前十一時四十分。
黒瀬が財布を開いた。
「一円玉あるぞ」
「貸して」
少年が言う。
「何枚」
「七枚」
「七円貸したら、今度は俺に七円借りるだろ」
「……ほんとだ」
「馬鹿か」
また笑いが起きた。
眼鏡の男も、今度は少し笑った。
直人はそこで気づいた。
二十七円を完全に消す方法を探している限り、誰か別の二十七円か七円が生まれる。
金はある。
釣り銭が足りない。
そして人間同士の取引には、レジがない。
PANDEMONIUMの会計だけは、今日も一円単位で正確だった。
◇
正午十二分。
「じゃあ、こうしよう」
少年が言った。
百円玉を一枚、眼鏡の男へ渡す。
「これで百円返す」
「残り二十七円」
「次、俺が何かやるとき二十七円分まける」
「二十七円分って何だよ」
「荷物ちょっと軽めとか」
「逆だろ」
「じゃあ二十七円分多めに働く」
眼鏡の男は腕を組んだ。
「測れないだろ」
「じゃあ、次なんか頼むとき百円の仕事を七十三円でやる」
「細かいな」
「そっちが二十七円って言ったんだろ」
二人とも黙った。
それから眼鏡の男が言った。
「次、ラジオの電池替えるとき手伝え。それでいい」
「二十七円分?」
「もう二十七円って言うな」
「はい」
◇
午後一時半。
壁際のメモに、新しい一行が増えた。
眼鏡 高校生に電池交換一回
金額は書かなかった。
その下に、誰かが勝手に、
二十七円相当
と書いた。
眼鏡の男が見つけて消した。
「誰だよ」
少年は笑っていた。
◇
午後三時。
直人はチーズバーガーを注文した。
表示された金額を払い、レシートを受け取る。
一円もずれない。
席へ戻ると、少年が眼鏡の男のラジオを持っていた。
「電池どこ?」
「そこ」
「これ入れるだけ?」
「端子も拭いて」
「百円取れる仕事じゃん」
「二十七円だ」
「言うなって言ったじゃん」
二人で笑う。
壁際のメモには、消された《二十七円相当》の跡が残っていた。
その下で、少年は眼鏡の男のラジオへ新しい電池を入れた。




