第49話 一枚足りない
十五日目、午後九時十四分。
雪は止んでいた。
外へ出る人はいない。
「毛布、一枚ない?」
美咲が聞いた。
直人は周囲を見た。
子どもは二枚重ねた毛布の中で眠っている。
一枚は美咲のもの。もう一枚は借り物だった。
入口近くで昼寝していた男が起き、貸していた毛布を使いたいと言ったのだ。
「予備ってなかったっけ」
「さっき使われた」
壁際の生活用品置き場には、衣類やタオルはある。
毛布はなかった。
PANDEMONIUMの食べ物は尽きない。
人間が外から持ち込んだ毛布は、尽きた。
◇
「紙ナプキンいっぱい重ねる?」
高校生の少年が言った。
黒瀬が即答した。
「やめろ。ゴミになるだけだ」
「でも無限にあるじゃん」
「客が使う分としてな」
少年はカウンター横のナプキンを見る。
補充されたばかりで、きれいに積まれている。
「じゃあ包み紙」
「何枚使う気だよ」
直人も見た。
バーガーの包み紙。
紙ナプキン。
ドリンクのカップ。
砂糖。
ミルク。
氷。
店の商品やサービスに伴って出てくるものは、確かに毎日補われている。
だからといって、棚ごと持っていって共同備蓄にしていいわけではない。
注文し、受け取り、客として使う。
その範囲の中で、人間たちはずいぶん色々な使い方を覚えた。
◇
午後九時四十八分。
灰色のリュックの女が、大きなゴミ袋を持ってきた。
「これなら?」
「何するの」
「服を入れる」
着ていない上着、セーター、タオルを袋へ詰める。
袋の口を縛らず、平たく広げた。
「掛けるんじゃなくて、下に敷く」
床や椅子から伝わる冷たさを減らすらしい。
「それなら毛布一枚で足りるかも」
美咲が言った。
借り物の毛布は持ち主へ返した。
子どもの下には、服を詰めた袋を敷く。
上から美咲の毛布を掛ける。
「どう?」
子どもは眠そうに頷いた。
◇
午後十時二十六分。
別の席では、紙コップが並んでいた。
中身は湯だった。
「それ何?」
直人が聞く。
「湯たんぽ代わり」
眼鏡の男が答えた。
「紙コップで?」
「持ってる間だけ」
ドリンクバーを注文した本人が汲んだ湯を、両手で包んでいる。
冷めたら飲む。
それ以上ではない。
少年が言う。
「ペットボトルならもっと長くない?」
「熱湯入れたら変形するぞ」
「じゃあぬるめ」
「試すなら自分のでやれ」
人間側の工夫は、いつも少しずつ雑だった。
失敗しそうなら止める人間もいる。
◇
午後十一時五分。
直人は紙ナプキンを一枚取った。
手についたソースを拭く。
それから、もう一枚取ろうとして止めた。
毛布の代わりにはならない。
当たり前だった。
PANDEMONIUMに無限にあるものと、人間が必要としているものは、同じではない。
バーガーが尽きなくても、靴下は乾かない。
氷が尽きなくても、薬は増えない。
紙ナプキンが尽きなくても、毛布にはならない。
だから、あるものを奪い合わないためには、別の使い方を考えるしかない。
◇
午前零時。
子どもは眠っていた。
下には服を詰めた袋。
上には一枚の毛布。
美咲は自分の上着を着たまま、その隣に座っている。
「寒くない?」
直人が聞く。
「店の中だから平気」
暖房は動いている。
厨房から、いつもの油の音がした。




