第48話 雪の窓
十五日目、午前五時四十一分。
直人は白さで目を覚ました。
窓の向こうが、昨日までと違う。
駐車場のアスファルトが消えていた。
白線も車止めも半分埋まり、道路にはまだ一本も轍がない。
「雪?」
毛布の中から美咲が言った。
「積もってる」
自動ドアの向こうでは、細かな雪が斜めに流れている。
店内は暖かかった。
天井の空調が、いつもの低い音を立てている。
◇
午前六時。
普段なら外へ出る人間が何人かいる時間だった。
誰も出なかった。
黒瀬も窓を見ただけだった。
「今日はやめとく」
高校生の少年が言う。
「冷蔵庫あるし」
「それ関係ある?」
「何となく」
連絡メモには、外出予定が一つも増えない。
人間側だけが、雪に予定を変えられていた。
◇
午前七時十三分。
直人はカウンターを見た。
秩序がいる。
渾沌もいる。
厨房からフライヤーの音がする。
「そういえば」
直人が言った。
「何?」
美咲がコーヒーを飲みながら聞く。
「この人たち、いつ来てるんだろ」
美咲もカウンターを見る。
「来てる?」
「出勤」
二人で黙った。
直人は十五日間を思い返した。
朝。
昼。
夜。
深夜。
明け方。
いつ見ても誰かがレジにいた。
いつ見ても厨房は動いていた。
制服姿のクルーが入口から出勤してきた記憶がない。
帰っていく姿もない。
「裏からじゃない?」
美咲が言った。
「かも」
それ以上は分からない。
バックヤードには客は入れない。
ただ、雪で道路が埋まった今朝も、店員が足りない様子はなかった。
◇
午前九時二十八分。
雪は強くなった。
窓の外で、放置された車の屋根が白く膨らんでいる。
「今日、客来ないんじゃない?」
高校生の少年が言った。
黒瀬が店内を見回した。
「いるだろ」
「俺らじゃなくて、新しい客」
「来れる奴がいれば来るんじゃね」
そのとき自動ドアが開いた。
全員が少し驚いた。
雪まみれの男が転がり込むように入ってきた。
肩で息をしている。
「い、いらっしゃいませ」
ではなかった。
秩序の声は、いつもとまったく同じだった。
「いらっしゃいませ」
男はしばらく何も言えなかった。
「ご注文がお決まりになりましたら、お申し付けください」
「……水」
「無料のお冷はこちらでご利用いただけます」
男が指された方向へ歩く。
雪の日の特別対応はなかった。
通常営業だった。
◇
正午。
道路は完全に白くなった。
外出メモは空白のまま。
店内ではトランプが始まり、誰かが昼寝をしている。
小型冷蔵庫が低く唸っている。
子どもは窓へ指で丸を描いていた。
その向こうで、雪が降り続いている。
直人はふと思った。
普通の店なら、今日はどうするのだろう。
電車が止まる。
道路が塞がる。
従業員が来られない。
早仕舞いする。
臨時休業する。
そんな判断があるはずだった。
ここには、その判断をする瞬間がない。
誰かが来られないから開けられない、という朝がない。
クルーは、もういる。
◇
午後三時十六分。
雪はまだ止まない。
直人は延長を済ませ、いつものチーズバーガーを注文した。
「かしこまりました」
レシートを受け取る。
厨房ではポテトが揚がる。
暖房は動いている。
照明も落ちない。
窓の外だけが、世界を閉じていく。
十五日目になって、直人はようやく気づいた。
PANDEMONIUMは雪の日にも開いているのではない。
開ける必要がないのだ。
最初から、閉じていない。




