第47話 できない仕事
十四日目、午前九時二十分。
「今日、無理」
高校生の少年は毛布から顔だけ出して言った。
直人は壁際の小さなメモを見る。
買い出し同行 百円
荷物運び 五十円から
昨日、少年自身が書いた文字だった。
「熱?」
「ない」
「腹?」
「平気」
「じゃあ何」
少年は目を閉じた。
「眠い。だるい。動きたくない」
黒瀬が横から言った。
「立派な理由だな」
「うるさい」
◇
昨夜、少年は外へ二度出ていた。
一度は買い出しの同行。
もう一度は、別の男の荷物運び。
そのあと深夜までラジオを直していた。
延長のアラームで何度か起きてもいる。
PANDEMONIUMの照明は消えない。
厨房も止まらない。
注文する客もいる。
だから、人間まで止まらなくていいわけではなかった。
「今日の荷物、誰がやる?」
眼鏡の男が聞いた。
少年は毛布の中から手だけ出す。
「俺以外」
「仕事って書いたのお前じゃん」
「今日休み」
「休みって」
直人は少年を見る。
「別にいいんじゃないですか」
「じゃあ誰が」
「できる人」
◇
午前十時十分。
結局、荷物は直人と黒瀬が運んだ。
金は受け取らなかった。
「百円もらえば?」
少年が毛布から言う。
「いらない」
「俺ならもらう」
「知ってる」
黒瀬が箱を床へ置く。
「お前、元気になったらこれ片づけろ」
「それ仕事?」
「罰」
「最悪」
声だけは少し元気だった。
◇
正午。
少年は起きて、ポテトだけ注文した。
「今日、働かないの?」
美咲の子どもが聞いた。
「働かない」
「なんで?」
「疲れたから」
「ふーん」
それで会話は終わった。
子どもは少年のポテトを一本見ている。
「食べる?」
「うん」
一本渡す。
働いていなくても、少年は昨日までと同じ席にいた。
誰も追い出さない。
延長時刻が来れば、自分で延長する。
腹が減れば、自分で注文する。
昨日百円を稼いだかどうかは、PANDEMONIUMに残れる条件ではなかった。
◇
午後二時三十五分。
メモの前に、灰色のリュックの女が立っていた。
「髪、切ってほしいって人いるみたい」
昨日「髪切れます」と書いた女性は、今日は母親のそばで眠っている。
「起こす?」
直人が聞く。
灰色のリュックの女は首を振った。
「寝かせとこう」
メモの横に、小さく書き足した。
今日は休み
名前も理由も書かなかった。
それで十分だった。
◇
午後五時。
少年はようやく毛布を畳んだ。
「治った?」
直人が聞く。
「別に病気じゃない」
「じゃあ明日は?」
「起きてから決める」
昨日までなら、直人はそれを無責任だと思ったかもしれない。
外の世界では、働ける人間が一人減ることは、そのまま誰かの負担になる。
ここでも負担は消えない。
今日、直人と黒瀬が箱を運んだ。
髪を切ってほしかった人は明日まで待つ。
困ることはある。
それでも、働けない日を理由に、ここにいる資格まで失うことはなかった。
カウンターでは秩序が別の客へ言った。
「ご注文をどうぞ」
少年にも、働いた人にも、働かなかった人にも、同じ声だった。




