第46話 百円の仕事
十三日目、午後五時十二分。
「百円でいい?」
直人は聞き返した。
「何が?」
「これ運ぶの」
高校生の少年が指したのは、入口近くに置かれた段ボール箱だった。
外から回収してきた衣類が詰まっている。
灰色のリュックの女が、少し困った顔で立っていた。
「母を一人にしたくなくて」
箱を壁際の生活用品置き場まで運びたいらしい。
少年が言う。
「俺やるよ。百円で」
「百円?」
「ポテト代の足し」
女は財布を見た。
「いいよ」
少年は箱を抱えた。
十秒もかからなかった。
「はい」
百円玉が渡る。
それで終わった。
◇
午後五時四十分。
「それ仕事なの?」
美咲が言った。
少年は百円玉を指で弾いた。
「金もらったから仕事じゃない?」
「じゃあ私、子ども見てもらったら払うの?」
「知らない」
「昨日は黒瀬さんに荷物持ってもらったけど」
「それは黒瀬さんが勝手にやったんでしょ」
黒瀬が離れた席から言った。
「勝手にって言うな」
直人は笑った。
境目は曖昧だった。
手伝う。
頼む。
貸す。
交換する。
払う。
世界が壊れる前にも全部あったことなのに、ここでは一つずつ作り直しているように見えた。
◇
午後六時二十三分。
今度は眼鏡の男が声を上げた。
「誰か、これ直せる?」
延長コードの差込口が一つ緩んでいる。
黒瀬が見る。
「捨てたほうがいい」
「じゃなくて、このラジオ」
電池蓋の爪が折れていた。
高校生が寄ってくる。
「テープでよくない?」
「ある?」
「工具箱にあった」
「五十円でどう」
「百円」
「さっき箱運んだだけで百円だろ」
「技術料」
「テープ貼るだけじゃねえか」
「じゃ自分でやれば」
「七十円」
「八十」
「七十五」
「細かいな!」
笑いが起きた。
結局、八十円になった。
◇
午後七時五分。
少年はカウンターへ行った。
「ポテトSください」
「かしこまりました」
秩序は注文を受ける。
少年が百円玉を含む小銭を出す。
会計が済む。
それだけだった。
「ここで働いた金なんですけど」
少年が、なぜか少し得意そうに言った。
秩序は首を傾げた。
「当店での勤務をご希望でしょうか?」
「いや、そうじゃなくて。箱運んで」
「お客様間でのお取引ですね」
「……はい」
「では、ポテトSでお待ちください」
少年は戻ってきた。
黒瀬が笑いを堪えている。
「雇ってもらえなかったな」
「応募してねえよ」
◇
午後八時三十分。
紙とペンの横に、小さなメモが増えていた。
買い出し同行 百円
荷物運び 五十円から
充電器の貸し出し 相談
誰が書いたのか分からない。
その下に別の字で、
子守 お金いらない 交代ならお願い
と書かれている。
さらに、
髪切れます お礼はコーヒーでも可
と続いた。
値段表ではなかった。
全部が金になるわけでもない。
できることと、欲しいものを交換する人もいる。
無料で手伝う人もいる。
百円が必要な人もいる。
◇
午後十時。
直人は、少年がポテトを食べているのを見た。
「うまい?」
「自分で稼いだ味する」
「百八十円くらいだけど」
「百八十円を馬鹿にすんな」
少年は一本、直人へ差し出した。
直人は受け取る。
PANDEMONIUMは、誰にも仕事を与えていない。
それでも人が暮らし始めれば、誰かに頼みたいことが生まれる。
誰かができることも生まれる。
その間に、ときどき百円玉が落ちた。
店は相変わらず、バーガーを売っているだけだった。




