第41話 足りる人
十日目、午後一時十八分。
「それだけ?」
直人が聞いた。
灰色のリュックの女は、トレーの上の小さなポテトを見た。
「今日はこれでいいです」
「バーガーは?」
「いらない」
母親のほうにはフィッシュバーガーが一つある。
「朝、ちょっと食べすぎたから」
そう言って、女はポテトを一本つまんだ。
直人は何となくカウンターを見た。
食事の時間なのに、全員が同じものを持っているわけではない。
そもそも、食事の時間ですらなかった。
腹が減った人から注文しているだけだった。
◇
黒瀬のトレーにはバーガーが二つあった。
「食いすぎじゃないですか」
「足りねえんだよ」
「二個で?」
「朝から外出てたんだぞ」
黒瀬は一つ目を半分まで食べてから、ポテトにも手を伸ばす。
高校生の少年はバーガー一つとポテトL。
美咲はバーガー一つ。
子どもはポテトと、母親のバーガーを少し。
直人は自分のチーズバーガーを見る。
同じ店で、同じ時間に座っているのに、必要な量は全員違う。
当たり前だった。
「前だったら、分けてたかな」
美咲が言った。
「何を?」
「食べ物。人数で」
直人は少し考えた。
最初の夜なら、そうしたかもしれない。
食べ物がなくなると思っていた。
一人一個。
子ども優先。
余ったら分ける。
そんな規則を作ろうとしたかもしれない。
けれど今、カウンターにはメニューがある。
「ご注文をどうぞ」
秩序が言う。
食べたい人間が、自分で頼む。
それだけだった。
◇
午後二時五分。
新しく来た男が、店内を見回していた。
昨日入ってきたばかりだった。
「飯って、何時に配るんですか」
直人は一瞬、意味が分からなかった。
「配る?」
「昼飯とか」
「ああ」
男は当然のように待っている。
「配られないですよ」
「え?」
「注文するんです」
直人はメニューを指した。
「普通に」
男はメニューと直人を交互に見た。
「全員分まとめてじゃなくて?」
「はい」
「食べない人は?」
「食べないです」
「二個食べたい人は?」
黒瀬が横から言った。
「二個頼む」
男は黙った。
それから財布を確認した。
その動作を見て、直人は少しだけ現実へ戻された。
食べ物は尽きない。
だからといって、無料ではない。
◇
午後三時。
灰色のリュックの女が、残していたポテトを母親へ差し出した。
「食べる?」
「あなたが食べなさい」
「もういい」
「本当に?」
「うん」
母親が二本取った。
残りは高校生の少年がもらった。
「いいの?」
「いいよ」
均等ではない。
必要な人間へ必要な量が自動で配られるわけでもない。
食べきれなければ誰かに渡す。
足りなければもう一つ買う。
金が足りなければ、人間同士で貸すこともある。
PANDEMONIUMは、そのどれにも口を出さなかった。
注文されたものを作る。
代金を受け取る。
渡す。
それ以上でも、それ以下でもない。
◇
午後四時四十分。
直人は次の延長を済ませたあと、アイスコーヒーだけ注文した。
「お食事はいかがなさいますか」
秩序が聞く。
「今はいらないです」
「かしこまりました」
それで終わった。
食べろとは言われない。
保存しろとも言われない。
他の人へ回せとも言われない。
席へ戻ると、黒瀬がまた何か食べていた。
「また?」
「腹減った」
「さっき二個食べてましたよね」
「足りるまで食う」
直人は笑った。
その言い方が、一番正確だった。
一人一個ではない。
全員同じでもない。
食べたい人が、食べたいときに、自分に足りるところまで頼む。
世界の外側では、もうそんな食事は贅沢なのかもしれない。
PANDEMONIUMの中では、まだただの注文だった。




