第38話 八回目の延長
午後七時三十二分。
直人はスマートフォンを見た。
あと八分。
立ち上がる。
「延長?」
美咲が聞いた。
「うん」
それだけだった。
財布を持つ。
椅子の背に掛けていた上着を避ける。
床に置かれた収納箱を跨がないよう、通路へ出る。
一週間で荷物が増えた。
毛布。
着替え。
洗面道具。
充電器。
延長コード。
空になったペットボトル。
誰かが外から持ってきた小さな工具箱。
まだ店は店に見える。
ただ、最初の日より人間の物が多かった。
「お次のお客様、どうぞ」
秩序が言った。
直人はカウンターへ行く。
「延長お願いします」
「かしこまりました」
必要なものを出す。
処理される。
受け取る。
「次回は二十三時四十分です」
「はい」
終わった。
◇
席へ戻ってから、直人は気づいた。
何も考えなかった。
最初は違った。
ここに残るか。
外へ出るか。
次の四時間を買うか。
延長するたびに、選んでいる気がした。
八回目。
今は時計を見て、立って、払って、戻ってきた。
歯を磨く。
水を汲む。
眠る前にアラームをかける。
その並びに、延長が入っていた。
「どうしたの?」
美咲が聞く。
「いや」
直人は座る。
「八回目だった」
「何が?」
「延長」
美咲は少し考えた。
「そんなもん?」
「たぶん」
「もっとしてる気がする」
「俺も」
二人とも、正確には数えていなかった。
◇
午後八時十二分。
黒瀬が外から戻ってきた。
両手に紙袋ではない袋を提げている。
「何それ」
高校生の少年が聞く。
「延長コード。あと毛布」
「また?」
「コンセント足りねえんだよ」
足りないのは電気ではなかった。
差す場所だった。
黒瀬は壁際へ行き、すでにあるコードの位置を見る。
通路には出さない。
それは誰かに教わった決まりではない。
一度、荷物を置いた人間が秩序に「こちらは通路です」と言われた。
それから皆、覚えた。
店内へ何を持ってくるかではない。
どこへ置くか。
PANDEMONIUMが見ているのは、そちららしかった。
「そのうち冷蔵庫とか持ってくる奴いるんじゃね」
少年が笑う。
黒瀬は延長コードをほどきながら言った。
「置けるなら持ってくるだろ」
冗談に聞こえた。
直人は笑った。
まだ、そのときは。
◇
午後十時五分。
直人は多目的トイレの前で順番を待った。
中では誰かが身体を拭いている。
手には着替えと、穴を開けたペットボトル。
ドリンクバーの湯と水を混ぜるやり方も、もう説明する人はいない。
知っている人が、知らない人へ一度教える。
次の日には、その人も使っている。
店の設備は増えていない。
人間側の使い方だけが増えていた。
「次どうぞ」
扉が開く。
直人は入った。
鏡に映った顔は、一週間前より疲れていた。
髭も伸びた。
後ろの壁は、たぶん一週間前と同じだった。
◇
午後十一時二十九分。
直人は眠る準備をしていた。
上着を丸める。
スマートフォンを充電につなぐ。
画面にアラームを設定する。
二十三時三十分。
指が止まった。
「……あ」
次の延長は二十三時四十分だった。
危ないと思うより先に、アラームを保存した。
それから横になる。
世界が終わって一週間。
外へ出ることは、まだ怖い。
ゾンビも怖い。
明日がどうなるかも分からない。
けれど四時間後にここへいるかどうかだけは、もう悩まなかった。
二十三時三十分に起きる。
二十三時四十分までに延長する。
その先は、また四時間。
直人は目を閉じた。
残ることを決めたのではない。
次の延長を、忘れないようにしただけだった。




