↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/122

第36話 聞いてはいけない質問


六日目、午前四時十二分。


直人は眠れなかった。


眠くないわけではない。


椅子を二つ使って横になっても、首が痛い。上着を丸めて枕にしても高さが合わない。誰かの寝息と、厨房の換気扇と、注文番号を呼ぶ声が重なる。


それでも五日前なら眠れた。


今夜は、声を待っていた。


「ご注文をどうぞ」


秩序だった。


直人は目を開けた。


またいる。


昨日の午後にもいた。

夜にもいた。

今もいる。


もちろん、それだけでは何も証明できない。


自分が眠っている間に休んだのかもしれない。


バックヤードに別のクルーがいて、見分けがついていないだけかもしれない。


考えれば考えるほど、まともな説明はいくつも作れた。


だから直人は、確かめることにした。


◇


午前四時二十六分。


客が途切れた。


直人はカウンターへ行った。


秩序がこちらを見る。


「ご注文ですか」


「いえ」


「何かお困りでしょうか」


「ちょっと聞いてもいいですか」


「はい」


ここまで来て、直人は言葉を選んだ。


「最後に寝たの、いつですか?」


秩序が直人を見る。


沈黙は一秒もなかった。


「睡眠についてのお問い合わせでしょうか」


「……はい。秩序さんの」


「私の?」


初めて、直人のほうが質問の意味を説明する側になった。


「ずっと働いてますよね」


「営業中ですので」


「それは分かるんですけど。昨日も、一昨日も、その前も見たので」


「はい」


「いつ休んでるのかなって」


秩序は少し考えた。


困った顔ではなかった。


質問を理解するために、言葉の置き場所を探しているように見えた。


「現在、休憩をご希望ですか?」


「俺じゃなくて」


「では、どなたでしょう」


「秩序さんです」


「私は勤務中です」


話が一周した。


◇


直人はカウンターから離れなかった。


「勤務が終わるのは?」


「営業しております」


「二十四時間?」


「はい。二十四時間営業です」


「じゃあ、勤務は?」


「勤務しております」


「ずっと?」


秩序は、そこでようやく少し首を傾けた。


「何か問題がございましたか?」


直人は黙った。


問題。


あるのか。


注文は出ている。

レジは動いている。

床は汚れれば清掃される。

ゾンビが来ても営業は続く。


客である直人に、何の問題がある。


「……ないです」


「承知しました」


秩序はそれで話を終えた。


「お困りのことがございましたら、お声がけください」


「はい」


答えてもらえなかった。


いや。


直人は席へ戻りながら思った。


答えなかったのとは違う。


質問が、最後まで同じ形で届かなかった。


◇


午前五時三分。


「聞いたのかよ」


起きてきた黒瀬に話すと、呆れた顔をされた。


「聞きました」


「で?」


「勤務中だそうです」


「見りゃ分かる」


「ですよね」


黒瀬は紙コップに水を入れて飲んだ。


「寝ないんですか、って聞けよ」


「それ、もっと変な質問じゃないですか」


「もう十分変だろ」


直人は笑えなかった。


「たぶん、聞いても同じです」


「何で」


「寝ないことを変だと思ってない感じだったので」


黒瀬の手が一瞬止まる。


「……そうか」


それだけ言って、水を飲み切った。


◇


午前六時十一分。


外が青くなり始めた。


ガラスの向こうに、倒れた自転車がある。昨日から同じ場所だ。


店内では交代の時間になり、二人が起き、二人が眠る。


人間は順番を決めなければ休めない。


直人はカウンターを見る。


秩序が新しい客に言う。


「いらっしゃいませ」


声は同じだった。


厨房から渾沌の声がした。


「朝の分、できたよー!」


午前六時十二分。


六日目の朝が来た。


PANDEMONIUMには、朝が来ただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。