第33話 交代で眠る
午後十一時を過ぎても、PANDEMONIUMの照明は一つも落ちなかった。
直人は二つ並べた椅子に座り、壁へ頭を預けた。
眠い。
三日目ともなると、眠気は時間を選ばなかった。
「直人さん、寝たら」
美咲が言った。
「入口、見ておこうかと」
「見ててどうするの」
「何か来たら」
「店員さんいるよ」
カウンターを見る。
秩序が注文を受けていた。
「ご注文をどうぞ」
昼と同じ声だった。
厨房から油の音がする。渾沌が紙袋へポテトを入れている。
「はい、できたよー!」
三日前から、何度聞いただろう。
直人は目をこすった。
「でも、俺たちまで全員寝るのは怖くない?」
黒瀬が鼻で笑った。
「じゃあ交代にすりゃいいだろ」
◇
話は十分ほどでまとまった。
入口近くに起きている人間を二人。
二時間ごとに交代。
眠る人間は奥側の席へ寄る。
子どもと体調の悪い人は当番から外す。
誰かが紙ナプキンに順番を書こうとして、やめた。
「ナプキンは拭くのに使うだろ」
代わりに、持ち込まれた段ボールの切れ端へ名前を書いた。
直人は最初の組になった。
黒瀬も残った。
「これ、見張りって何を見張るんだ」
黒瀬が言う。
「入口」
「入口ならあいつらが見てんだろ」
ガラス扉の向こうに、暗い駐車場がある。
店内には注文番号を呼ぶ声。
厨房のタイマー。
ドリンクバーの氷が落ちる音。
いつもの営業音だった。
「人間側の見張り」
直人は言った。
「なんだそりゃ」
「俺にも分からない」
それでも、全員で眠るよりはましだった。
◇
午前零時十三分。
入口の外に人影が現れた。
直人は身体を起こした。
人影はふらつきながらガラスへ近づいてくる。
黒瀬も立った。
「おい」
顔が見える。
頬の肉が欠けていた。
直人の眠気が消えた。
「ゾンビ」
二人が後ずさるより先に、秩序が入口へ向かった。
歩く速度は変わらない。
扉が開く。
「危なっ」
直人が声を上げた。
秩序は振り返らない。
ゾンビが腕を伸ばした。
次の瞬間、その身体は入口の脇へ移動していた。
何をしたのか、直人には見えなかった。
転がされたわけでも、殴り飛ばされたわけでもない。
ただ、客の出入りを塞がない場所にいた。
秩序はドアマットの位置を足先で直した。
「足元にお気をつけください」
そのまま店内へ戻る。
「……今の、何だよ」
黒瀬が呟く。
厨房から渾沌の声が飛んだ。
「ポテトあがったよー!」
誰も今の出来事を特別扱いしなかった。
クルー以外は。
◇
午前一時。
直人は何度も欠伸をした。
黒瀬は頬杖をついている。
「俺ら、必要か?」
「何が」
「見張り」
直人は答えなかった。
入口の外では、さっきのゾンビが駐車場の端を歩いている。
店内では高校生の少年が椅子に丸まり、灰色のリュックの女は母親へ上着を掛けていた。
人間は眠る。
眠らなければ壊れる。
だから交代する。
クルーは交代しない。
少なくとも、直人が起きているあいだには。
◇
午前一時五十八分。
次の二人が起きてきた。
「交代」
直人は立とうとして、脚が痺れていることに気づいた。
「何かあった?」
聞かれる。
直人は入口を見る。
「ゾンビが一体」
「えっ」
「でも……何もなかった」
自分で言っていておかしかった。
ゾンビが来た。
何もなかった。
その二つが、この店では同時に成立する。
黒瀬が先に席を離れた。
「寝るぞ」
直人も奥へ向かう。
カウンターの前を通った。
秩序がこちらを見る。
「おやすみになりますか」
「はい」
直人は二歩進んで、振り返った。
「秩序さんは?」
「はい?」
「……いや」
昨日、聞かなかった質問だった。
まだ聞かなかった。
「おやすみなさい」
「ごゆっくりどうぞ」
◇
直人はテーブルへ伏せた。
油の弾ける音がする。
注文番号が呼ばれる。
ドアが開き、また閉じる。
眠るにはうるさい。
けれど、静かになるほうが怖かった。
目を閉じる。
誰かが起きている。
次の二時間は、その誰かに任せる。
人間はそうやって夜を分けることにした。
PANDEMONIUMは分けなかった。
午前二時を過ぎても、厨房の火は落ちなかった。
《OPEN》の札も、そのままだった。
店が夜を終える気配は、どこにもなかった。




