第25話 入口の列
午後一時すぎ。
入口の外に、人が並んでいた。
直人は最初、六人だと思った。
数え直す。
九人。
道路の向こうから、さらに三人来る。
子どもを抱いた男。
リュックを二つ背負った女。
腕を布で吊っている老人。
誰も、バーガーを食べに来た顔には見えなかった。
それでも扉が開くたび、秩序は同じ声で言った。
「いらっしゃいませ」
◇
「ここ、避難できますか」
先頭の男が聞いた。
秩序は一度だけ店内を見た。
「店内をご利用になる場合は、ご注文をお願いします」
「注文?」
「はい」
男は後ろを振り返った。
「食わないと入れないってこと?」
「飲食店ですので」
怒るかと思った。
男は黙ってメニューを見た。
「一番安いの、どれですか」
秩序が示す。
男は財布を出した。
「じゃあ、それ」
注文番号を受け取る。
それで男は、避難してきた人ではなく、客になった。
少なくとも店の中では。
次は子どもを抱いた女だった。
「この子の分も注文必要ですか」
「お席を利用される人数として確認します」
「まだ二歳です」
「でしたら、お客様のご注文と一緒で構いません」
「水だけでも?」
「お水はお出しできます」
女の肩から力が抜けた。
後ろで誰かが言った。
「進んだ」
列が一歩だけ前へ動いた。
◇
十分後。
列は減っていなかった。
入った人数と同じくらい、外から来る。
直人は入口の横に立っていた。
「怪我してる人、先にした方がいいんじゃないですか」
腕を吊った老人を見て言う。
列の三番目にいた若い男がすぐ横へ避けた。
「どうぞ」
老人は首を振る。
「血は止まってる。子どもの人、先でいいよ」
今度は子ども連れが困る。
「うちは大丈夫です」
「いや、抱いてるの大変だろ」
「でも」
直人は言った。
「じゃあ、怪我人と子ども連れを優先で」
その瞬間、列の後ろから声がした。
「俺、薬切れそうなんですけど、それは?」
別の女が言う。
「母が車にいるんです。歩けなくて」
さらに一人。
「外に妻を待たせてます」
直人の口が止まった。
優先順位を作れば、次の条件が出てくる。
怪我。
子ども。
病気。
高齢者。
家族。
全部、本当に困っている。
「直人さん」
秩序が呼んだ。
「はい」
「入口を塞いでいます」
見る。
自分がちょうど扉の前に立っていた。
「あ、すみません」
横へ退く。
秩序は老人を見る。
「ご注文がお決まりでしたら、どうぞ」
老人が列を見る。
「俺、先でいいの?」
三番目だった男が言った。
「もういいですよ。行ってください」
「悪いね」
それで老人が入った。
規則を作ったのは直人ではなかった。
列の人間が、一人分だけ順番を変えた。
◇
午後二時十一分。
客席が埋まり始めた。
眠っている客。
食べている客。
スマートフォンを握ったまま俯く客。
朝からいる家族の子どもは、母親の上着を枕にしてまだ寝ている。
新しく入った男が、それを見て聞いた。
「ここ、泊まれるんですか」
直人が答えかける。
秩序の方が早かった。
「滞在を延長される場合は、期限前にお手続きください」
「何時間?」
「現在は四時間単位です」
「四時間ごとに?」
「はい」
男は変な顔をした。
「ホテルじゃないんですよね」
厨房から渾沌が顔を出した。
「バーガー屋だよ!」
「……ですよね」
男は笑った。
笑いながら、四時間の紙を受け取った。
その後ろの女も同じ紙を受け取る。
一枚。
もう一枚。
直人のポケットには15:49と書かれた紙が入っている。
自分だけの妙な手続きではなくなっていた。
◇
午後三時。
列は店の角まで伸びた。
「最後尾、ここですか」
新しく来た男が聞く。
直人が答える前に、並んでいた女が手を上げた。
「ここです」
「何待ちです?」
「注文」
「避難の受付じゃなくて?」
「ないです、そういうの」
女は少し考えてから付け足した。
「中にいるなら何か注文して、長くいるなら延長するみたいです」
「誰に聞いたんですか」
「店員さん」
「安全なんですか」
女は店を見る。
「それは知らないです」
男も店を見る。
「でも並んでる?」
「外よりはましそうだから」
男は最後尾についた。
直人は、その会話を少し離れて聞いていた。
自分が説明しなくても伝わっている。
正確だった。
余計な保証もついていない。
◇
午後三時三十八分。
外で叫び声がした。
列が一斉に縮んだ。
道路の先。
一人の男が走ってくる。
その後ろに、二人。
歩き方がおかしい。
速くはない。
けれど止まらない。
「入れて!」
走ってきた男が叫ぶ。
列が崩れた。
扉へ人が寄る。
直人も立ち上がる。
「一人ずつ!」
声を張った。
誰も聞いていない。
扉が開く。
秩序が出た。
走ってきた男がその横を抜ける。
「助けて、後ろ!」
秩序は男ではなく、その後ろを見た。
二人が近づいてくる。
店内の空気が固まる。
渾沌がカウンターから覗く。
「お客さん増えた?」
「二名、通常の来店状態ではありません」
「そっか!」
声の調子が変わらない。
直人だけが息を止めていた。
秩序は扉の前に立つ。
二人のうち一人が、ガラスへ手をついた。
どん。
列の誰かが悲鳴を上げた。
秩序は動かなかった。
「店内へ入らないでください」
通じているようには見えない。
もう一度、手が上がる。
どん。
渾沌が奥から言った。
「注文できなさそう?」
「現時点では難しいです」
「じゃあ待ってもらう?」
直人は二人を見る。
待つ。
その言葉を、こんな相手に使うのか。
外の二人はガラスを叩いている。
中ではフライヤーの音がしている。
注文番号が呼ばれた。
「四十七番のお客様」
誰も取りに行かない。
渾沌がもう一度呼ぶ。
「四十七番のお客様ー!」
「あ、俺です」
列から逃げ込んだ男が、反射的に手を上げた。
自分でも驚いた顔をした。
それでもカウンターへ行く。
バーガーを受け取る。
外では、まだガラスが鳴っていた。
◇
午後三時四十七分。
直人は自分の紙を見た。
15:49。
あと二分。
入口にはまだ列がある。
さっき崩れた順番を、人々が自分たちで戻していた。
「私、この人の後ろでした」
「俺はその次」
「子どもの人、前どうぞ」
「ありがとうございます」
誰も直人へ確認しない。
直人は紙を持ったままレジへ行った。
秩序がこちらを見る。
「延長されますか」
「四時間」
今日は迷わなかった。
新しい時刻が印字される。
19:49。
受け取ってから、直人は入口を見た。
十二人ほど並んでいる。
その一人一人に事情がある。
全部を聞くことはできない。
全部の順番を決めることもできない。
それでも列は動いている。
一人入る。
注文する。
次が入る。
PANDEMONIUMは避難民を収容していなかった。
客を一人ずつ迎えていた。
その結果として、店の中に生きている人間が増えていく。
直人は入口から一歩離れた。
列は、それでも止まらなかった。




