第179話 聞かない
百八十四日目。
直人はカウンターの前に立った。
クルーが注文を待っている。昨日と同じ顔に見える。
「あのさ」
そこで止まった。
クルーが待つ。
「……朝のやつ、一つ」
注文だけした。
高校生が向かいに座る。
「聞かなかったんですか」
「何を」
「昨日から気にしてるやつ」
直人はバーガーの包みを開いた。
「何聞けばいいんだよ」
「寝るんですか、とか」
「答えが返ってきたら?」
高校生が止まる。
「その先も聞けばいいじゃないですか」
「どこまで?」
高校生は答えなかった。
美咲が来るころにも、直人はまだカウンターを時々見ていた。
「まだ気にしてる?」
「気にはなる」
「聞けば?」
「聞かない」
「なんで?」
直人は少し考えた。
「今、困ってないから」
「それだけ?」
「たぶん」
クルーは別の客へ商品を渡している。
「前なら調べてた?」
「ここから出られるかとか、生きるのに関係するならな」
「今は?」
直人は端末を見た。学校から配送表の更新が届いている。
「こっち」
画面を美咲へ見せる。
配送先が一つ増えていた。
直人は学校へ戻った。
地図の上に森田が指を置く。
「午後、雨だって」
「橋は先に回るか」
「濡れると危ない」
「じゃあ午前中」
燃料の残りを見て、順番を入れ替える。
店のことを考える時間は、そのまま配送の話へ押し出された。
午後、荷物を届けた先で女が聞いた。
「次、いつ来る?」
「三日後」
「塩、増やせる?」
「確認する」
「お願い」
直人は端末へ《塩 追加確認》と打ち込んだ。
その下に三日後の日付がある。
PANDEMONIUMへ戻ると、高校生がいた。
「結局、聞く気になりました?」
「ならなかった」
「気にならなくなった?」
「それも違う」
直人は椅子に座った。
「気になるけど、先にやることがある」
「ずっと?」
「知らない。明日は少なくとも」
高校生が笑う。
「明日も配送ですもんね」
「橋からな」
「雨なら?」
「早める」
「塩は?」
「確認する」
会話がそのまま明日の話へ移った。
直人は食べ終え、トレーを返した。
クルーはすぐ目の前にいる。
「ごちそうさま」
いつもの応答が返る。
直人は一瞬だけその顔を見た。
質問は頭に残っている。
そのまま入口へ向かった。
外へ出る前に端末が震える。
森田からだった。
《塩、追加できる。三日後分に入れた》
直人は《了解》と返す。
扉を開ける。
背後では、次の客が注文を始めていた。
直人の端末には、三日後の配送先と塩の追加が残っていた。




