第178話 昨日と同じ顔
百八十三日目。
直人は洗面台の鏡を見た。
髭を剃る前の顔。目の下に薄い影がある。髪を指で持ち上げる。
「伸びたな」
後ろから高校生が言った。
「切ればいいじゃないですか」
「そういう話じゃない」
PANDEMONIUMへ入る。
クルーが直人を見る。
昨日と同じ顔だった。
直人は立ち止まった。
「また見てる」
高校生が後ろから言う。
「昨日のせいだよ」
「計算するからですよ」
「計算しなくても半年は半年だろ」
朝食を注文する間も、直人はクルーの顔を見た。
半年前との差は分からない。
傷が増えたようにも、髪が伸びたようにも見えない。
「昔の写真、ないですか」
高校生が端末を出した。
「何の?」
「店の」
二人で保存画像を探す。
最初の頃に撮った店内写真が一枚見つかった。背景にクルーが写っている。
小さい。少しぶれている。
「拡大して」
「荒くなりますよ」
「いいから」
画面の中の顔と、カウンターの顔を交互に見る。
「同じに見える」
「俺も」
拡大するほど輪郭が崩れた。
「……これじゃ分からないな」
「ですね」
高校生は画像を閉じた。
美咲が来る。
「何してるの?」
「半年前の写真と比べてた」
「誰を?」
直人がカウンターを見る。
美咲も見る。
「変わった?」
「分からない」
「直人は変わったね」
「どこが」
「髪」
高校生が笑う。
「俺も朝それ言いました」
窓には直人自身が映っている。
服は半年前と違う。靴は一足駄目になった。腕には薄い傷が残った。夜になれば店ではなく学校へ帰る。
黒瀬がコーヒーを飲みに来た。
「直人、老けたな」
「急に何だよ」
「顔見てたから」
「昨日からクルー見てるんだよ」
「知ってる」
「変わってないと思わない?」
黒瀬はクルーを見る。
「分からん」
「俺は?」
「老けた」
「そこは即答なんだな」
子どもは棚の赤い色鉛筆で直人の顔を描いていた。
髪が妙に長い。
「俺?」
「うん」
「こんな髪長い?」
「ながい」
次にクルーを描き始める。
「前も描いた?」
「かいた」
「同じ?」
子どもはカウンターを見てから、首を傾げた。
「わかんない」
直人は昔の画像をもう一度開いた。
小さな顔を拡大する。粒の粗い輪郭が画面いっぱいに広がる。
目の前ではクルーが客へバーガーを渡している。
昨日と同じ顔に見える。
直人は画像を閉じた。
学校へ帰る支度をする。
入口のガラスに自分の顔が映った。伸びた髪の向こうに、店内のクルーが重なる。
直人は髪を耳へかけた。
そのまま外へ出る。
ガラスの向こうの顔は、昨日と同じに見えた。
半年前の写真は、もう端末の画面から消えていた。




