第176話 夜に帰る
百五十五日目。
夜、直人はPANDEMONIUMを出た。
小さな袋を肩に掛ける。隣には高校生がいる。
「昨日より遅いですね」
「客いたから」
「待ってたんですか」
「食べ終わるまで話してただけ」
二人は学校へ向かった。
街灯の消えた区画へ入ると、高校生がライトを足元へ向けた。
遠くで何かが動く。
二人とも止まった。
「右、行きます?」
「そうしよう」
一本隣の道へ曲がる。
しばらく歩いてから、高校生が言った。
「夜に外歩くの、前は嫌でしたよね」
「今も好きじゃない」
「でも帰るんですね」
直人は前を見たまま答える。
「帰るからな」
「それ、答えになってます?」
「なってるだろ」
学校の門が見えた。
入口近くに明かりが一つついている。二階の窓から誰かが手を振り、高校生も振り返した。
見張りの男が二人を見る。
「遅かったな」
「店で喋ってました」
「飯は?」
「食べた」
「じゃあ湯、まだあるぞ」
校舎へ入る。
廊下には靴が並び、奥から小さな話し声がする。洗った布が干され、机には明日の作業道具がまとめてあった。
棚の下には、PANDEMONIUMから運んだ直人の箱がある。
高校生が廊下の途中で止まった。
「俺、こっちです」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
直人は反対側へ曲がった。
部屋には寝具がある。
壁際の箱。着替え。充電器。タオル。
直人は肩の袋を下ろし、箱の横へ置いた。
美咲が廊下を通りかかった。
「あ、帰ってたんだ」
「今」
「遅かったね」
「店で話してた」
「明日、朝こっちで食べる?」
「そうする」
「じゃあ七時くらい」
「うん」
美咲はそのまま奥へ行った。
直人は着替えを出す。
湯を使って戻ると、廊下の明かりが一つ消えていた。
別の部屋から「おやすみ」と聞こえる。
どこかで「おやすみ」と返った。
直人は端末を開く。
PANDEMONIUMから連絡はない。
画面を閉じ、充電器へつないだ。
寝具へ入る。
明日の朝は七時に美咲と食べる。そのあと何をするかはまだ決めていない。
店へ何時に行くかも決めていない。
窓からはPANDEMONIUMの明かりは見えなかった。
直人は目を閉じた。
少しして、廊下を誰かが歩いた。水を汲む音がして、扉が閉まる。
直人は起きなかった。
枕元には小さな袋。壁際には自分の箱。
朝になれば、ここから起きる。




