第175話 最後の夜勤ごっこ
百五十四日目。
夜、直人はカウンターの端に置かれた紙を見つけた。
《夜 直人》
その下には、明日の名前を書く空欄がある。
高校生が横から覗く。
「今日、直人さんでしたっけ」
「らしい」
「学校で寝るんじゃなかったんですか」
「そのつもり」
「じゃあこれ、どうするんです?」
直人は紙を持ち上げた。
夜の見張り当番。店内で眠る人が多かった頃、人間たちで順番を決めたものだった。
「最近、当番やった?」
高校生は考える。
「当番としては……覚えてないです」
入口のベルが鳴った。
夜の客が一人入ってくる。
クルーが注文を取り、バーガーを作る。客は窓際へ座った。
高校生がその様子を見る。
「夜勤してますね」
「営業だろ」
「夜も?」
「夜も」
直人は古い当番表をめくった。
直人。森田。黒瀬。美咲。ほかにも何人か。
「これ、クルーに頼まれたんでしたっけ」
「いや」
「店の仕事?」
「違う」
「じゃあ何の当番だったんです?」
直人は窓の外を見る。
「俺たちが寝るための見張り」
高校生も外を見る。
遠い道路を、一体のゾンビが横切った。
「追います?」
「なんで」
「見張りなら」
「店に来てないだろ」
ゾンビはそのまま暗がりへ消えた。
高校生は当番表へ視線を戻す。
「明日の欄、誰にします?」
「空欄でいいんじゃない」
「今日の直人さんは?」
直人は《夜 直人》を見る。
ペンを取り、名前の上へ一本線を引いた。
「消さないんですね」
「書いたのは書いたから」
「でもやらない」
「うん」
明日の欄には何も書かない。
《廃止》とも書かなかった。
紙をカウンターへ戻す。
しばらくして、さっきの客がトレーを返した。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
客が出ていく。
クルーはトレーを片づけ、またカウンターへ戻った。
高校生が言う。
「誰も起きてなくても、これ同じなんですよね」
「たぶん」
「俺ら、何のために起きてたんだろ」
「寝てる側が安心するためじゃない?」
「じゃあ、寝てる人がいなかったら」
直人は壁際を見る。
今夜、寝具は出ていない。
「帰るか」
高校生が笑った。
「はい」
二人とも小さな荷物を持った。
入口を出る前、高校生が当番表を振り返る。
「最後の夜勤でしたね」
「やってないけどな」
「じゃあ最後の夜勤ごっこ」
直人は笑った。
「それでいい」
二人は店を出た。
駐車場から振り返ると、PANDEMONIUMの照明はついたままだった。
中でクルーが働いている。
高校生はもう何も言わず、学校の方へ歩き出した。
直人も続いた。
カウンターには、《夜 直人》へ一本線を引いた紙が残っている。
その下の欄は、空白のままだった。




