第173話 荷物を減らす
百五十二日目。
直人は壁際の箱を開けた。
着替えが三組。タオル。紙の束。使っていない充電器。底には、いつ入れたのか覚えていない空の袋まである。
「多いな」
入口から入ってきた高校生が覗き込んだ。
「何してるんです?」
「荷物整理」
「捨てる?」
「持ってく」
「どこに?」
直人は着替えを畳み直した。
「学校の方に置けるって」
「引っ越し?」
「そこまでじゃない」
床へ三つの山を作る。
持っていく物。店で使う物。いらない物。
タオルを一枚残す。着替えも一組。予備の充電器は箱へ入れた。
「基準なんです?」
「今夜使うかどうか」
「明日は?」
「明日必要なら取りに行けばいい」
美咲と子どもが来ると、開いた箱を見て足を止めた。
「それ、持ってくの?」
「うん」
「じゃあ私のもお願いしていい?」
美咲は壁際の棚から紙袋と毛布を一枚出した。
「学校?」
「向こうで使う」
子どもも小さな袋を抱えてくる。紙と色鉛筆が入っていた。
「これも」
「全部?」
子どもは袋の中を見て、赤い色鉛筆だけ抜いた。
「これはここ」
「なんで?」
「来た時使うから」
一本だけ棚へ戻す。
配送の車には、いつもの荷物の隅へ直人の箱と美咲の紙袋を載せた。
高校生が配送表を持ってくる。
「私物って配送扱い?」
「行き先同じだから載せるだけ」
「何て書きます?」
「箱一個」
「中身は?」
「いらないだろ」
高校生は《箱 一》とだけ書いた。
学校の二階には空いている棚があった。
直人は自分の箱を下段へ入れる。名前を書くか迷って、ペンを置いた。
美咲の紙袋は別の棚へ。子どもの紙と色鉛筆は机の引き出しへ収まった。
「これ、ここでいい?」
美咲が聞く。
「使うなら」
「じゃあここ」
それで終わった。
店へ戻ると、壁際に箱一個分の隙間ができていた。
高校生が見る。
「変わらないですね」
「何が?」
「店」
「そりゃ店の物じゃないからな」
長く泊まっている男が、自分の袋を持ち上げた。
「俺も少し向こう置こうかな」
「どこ?」
「団地。部屋使っていいって言われてる」
「今日?」
「明日でもいい」
男は袋をいったん元へ戻した。
夕方、黒瀬がコーヒーを飲みに来た。
高校生が聞く。
「黒瀬さん、店に荷物残ってます?」
「たぶんない」
「いつ全部持ってったんです?」
「覚えてない」
「そんなもん?」
「必要な時に持ってっただけだからな」
黒瀬はそれ以上気にせずコーヒーを飲んだ。
夜、直人は残った物を小さな袋へまとめた。
着替え一組。タオル一枚。充電器一つ。
壁際の棚には空きが増えている。
高校生の私物はない。美咲の物もほとんどない。直人の箱もない。
その空いた棚に、赤い色鉛筆が一本だけ横たわっていた。
直人は手に取りかけてやめる。
寝具を広げ、その横へ自分の小さな袋を置いた。
赤い一本は棚に残したまま、明かりを落とした。




