第172話 五か月目
百五十一日目。
五か月目の朝、直人は壁際に敷かれた二組の寝具の間から起き上がった。
以前なら、誰かの足を踏まないよう避けて歩いた場所を、そのまま洗面へ向かう。途中にあるのは寝床ではなく客席だった。
入口のベルが鳴る。
「おはようございます」
高校生だった。
「朝飯まだですか」
「まだ」
高校生は慣れた手つきでカウンターへ回る。
「そっちで寝た?」
「はい。学校近くの部屋」
「寒くない?」
「まだ大丈夫です」
泊まっていなくても、朝になれば店へ来る。直人はそれ以上聞かなかった。
美咲と子どもも朝食に来た。子どもは先日持ち帰った青い上着を着ている。
「ちょっと大きいな」
「そのうち合うよ」
美咲が袖を折ってやる。
「今日、学校?」
「午前だけ。午後は団地。服の続き」
「そっか」
美咲はバーガーを注文した。
次に来た黒瀬は、コーヒーだけを頼んだ。
「バーガーは?」
「家で食った」
高校生が笑う。
「家で朝飯食えるようになったんですね」
「前から食える」
黒瀬は窓際へ座り、飲み終えると帰っていった。荷物は置かない。
客が引いたあと、直人は壁際を見る。
寝具はもう片づいている。
高校生の工具箱も、美咲の紙袋も、黒瀬の箱もない。
床に残っているのは、店の椅子とテーブルだった。
昼前には森田が来た。
「今日、会計見なくていい?」
直人が聞く。
「午後から別のところ行く」
「何するの?」
「畑の記録。収穫量つける人いないって」
森田はバーガーを受け取る。
「ここの数字は?」
「今日は大丈夫」
「じゃ、いいね」
食べ終えると、そのまま畑へ向かった。
午後、新しい客が二人来た。
席を探して、一人が壁際を指す。
「そこ座っていい?」
少し前まで寝床だった場所だった。
「いいよ」
二人は椅子を寄せ、メニューを開いた。
どこに毛布が並んでいたかなど、知るはずもない。
夕方、高校生が戻ってきた。
「今日、泊まる?」
「いや。明日朝、学校なんで向こう戻ります」
「そっか」
「直人さんは?」
「今日はここ」
高校生は頷いた。
それから美咲と子どもも夕食を食べに来た。
食後、美咲が立つ。
「今日は学校で寝るね」
「分かった」
「明日の朝はこっち来るかも」
「了解」
子どもが手を振った。
「おやすみ」
「おやすみ」
二人が出ていく。
夜の客がまだ数人、バーガーを食べていた。
直人は壁際へ寝具を一組だけ運んだ。
毛布を広げる途中、昼に新しい客が座っていた椅子が目に入る。
椅子を少しずらす。それだけで、自分一人が眠る場所は足りた。
カウンターの向こうには店の備品。棚には店の紙。床には店の椅子。
直人は靴を脱ぎ、寝具へ入った。
少し離れた客席では、最後の客がトレーを戻している。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
ベルが鳴り、扉が閉じた。
直人の横にあるのは、一組の寝具だけだった。




