第171話 美咲の予定
百二十七日目。
直人が目を覚ました時、美咲はいなかった。
壁際には畳んだ毛布だけが残り、子どもの寝床も空いている。
起き上がった直人へ、高校生がカウンターから声をかけた。
「美咲さんなら、もう出ましたよ」
「どこに?」
「学校」
「何しに?」
「知らないです」
「子どもも?」
「一緒でした。昼は向こうで食べるって」
直人は端末を手に取った。
画面を見て、そのまま伏せる。
「連絡しないんですか」
「何かあれば来るだろ」
朝食を食べていると、学校から来た女がバーガーを二つ注文した。
「美咲、今日そっち?」
「いるよ」
「何してる?」
「子どもたちの服見てる。大きさ合わないの増えてきたから、使えるの集めて分けるって」
女は飲み物を受け取る。
「午後は南の家も見るって言ってた」
「南?」
「子ども用の棚が残ってるかもって」
直人は初めて聞いた。
高校生が配送表を開く。
「南行くなら車出します?」
「頼まれてない」
「でも子ども連れですよ」
「学校から誰か一緒なんじゃない?」
「確認します?」
直人は首を振った。
配送表には何も書かなかった。
昼前、美咲から通信が入った。
『直人?』
「うん。どうした」
『今日、戻るの夕方になる』
「南行くって聞いた」
『聞いたんだ』
「子どもの棚?」
『棚と服。あと靴』
「車いる?」
『いらない。学校の人と行くから』
「道は?」
『今朝確認したって』
直人は一拍置いた。
「分かった」
通信を切る。
高校生が聞く。
「知らなかったんですね」
「知らなかった」
「いつ決めたんですかね」
直人は端末をポケットへ戻した。
「さあ」
午後、学校から短い連絡が届いた。
『南、到着。問題なし』
直人は《了解》とだけ返した。
夕方、美咲と子どもが戻ってきた。
子どもは少し大きな青い上着を抱え、美咲は紙袋を一つ持っている。
「おかえり」
「ただいま」
「靴?」
「二足。片方は由佳より小さい子に回す」
「棚は?」
「学校に置いてきた」
「持ってこなかったんだ」
「こっちで使わないから」
子どもが青い上着を広げた。
「これ、来年も着れる?」
美咲が袖を合わせる。
「来年は小さいかも」
「また探す?」
「その時考えよう」
直人は上着の袖を見た。今はまだ、子どもの手より少し長い。
美咲が紙袋を畳みながら言う。
「次、学校で子どもの服まとめる日、来週にした」
「来週?」
「うん」
「俺、何かする?」
「今のところない」
「分かった」
美咲は畳んだ紙袋を自分の荷物へ入れた。
夜、直人は店の予定表を開いた。
明日の配送。
学校の窓。
団地への受け渡し。
来週の欄までめくる。
美咲の名前はない。
直人はペンを取らずにページを戻した。
隣では、子どもが青い上着を畳もうとしている。袖が余って、うまく四角にならない。
美咲が片方の袖を折る。
「そこ、もう一回」
「こう?」
「そう」
直人は予定表を閉じた。




