第167話 仕事ありますか
百二十三日目。
高校生は空の段ボールを潰していた。
「それ終わったら、棚の紙も替えて」
直人が言う。
「はい」
「あと配送表」
「はい」
入口のベルが鳴った。
入ってきたのは、学校で何度か見た男だった。バーガーを注文せず、カウンターの前で言う。
「仕事ありますか」
高校生が手を止める。
「ここで?」
「いや。外で」
男は、昨日由佳たちが見ていた南棟の窓を直すのに、枠を外せる人間が足りないと話した。団地でも雨樋を直したいらしい。
「それ、仕事なんですか」
「仕事じゃないの?」
「何がもらえるんです?」
「まだ決めてない。飯だけじゃなくて、交換できる物も出すって」
奥から直人が出てくる。
「人探してるの?」
「工具使える人。二人くらい」
「期間は?」
「窓終わるまで。雨樋はそのあと」
直人が高校生を見る。
「行く?」
「俺?」
「工具使えるだろ」
高校生は潰しかけの段ボールを見た。
「店の仕事ありますけど」
「配送表は俺がやる。棚の紙はあとで。段ボールは誰でも潰せる」
「俺、必要なくないですか」
「店ではな」
直人は学校の男を見る。
「外では必要らしい」
高校生はしばらく段ボールを見てから、手を離した。
学校へ向かう道で、男に聞かれる。
「何できる?」
「ネジ外したり、棚直したりくらい」
「十分」
「給料とかあるんですか」
「給料って何で払う?」
「ですよね」
二人で笑った。
南棟二階。由佳たちが丸をつけた三部屋の一つで、高校生は錆びた金具へドライバーを当てた。
「固い」
「油ある」
別の男が小瓶を渡す。
「これ、どこの?」
「団地」
高校生は油を差し、もう一度力を込めた。
一本目の枠が外れたころ、昼になった。
「昼どうする?」
誰かが聞く。
高校生は一瞬、店から持ってきます、と言いかけた。
「俺もここで食べていいですか」
「もちろん」
旧職員室の鍋とパン、昨日の残りの野菜を皆と食べる。
「これが報酬?」
隣の男に聞く。
「昼飯は働いてなくても食えるよ」
「じゃあ報酬ないじゃん」
「夕方、団地から石鹸来るって。欲しければ一個持ってけ」
「石鹸」
「いらなきゃ別にいい」
午後は二本目の窓枠に取りかかった。
高校生が金具を押さえ、学校の男が板を合わせる。廊下から由佳が覗いた。
「働いてる」
「仕事らしいよ」
「いくら?」
「石鹸一個かもしれない」
由佳が笑う。
「安い」
「相場知らないだろ」
「そっちも」
結局、その日に仮塞ぎまでできたのは一部屋だけだった。
「明日も来れる?」
高校生はすぐには答えなかった。
配送表。棚。客席。
朝まで自分がやるつもりだった仕事を一つずつ思い浮かべる。
どれも、自分がいなければ止まるものではなかった。
「午前なら」
「助かる」
団地から届いた箱には石鹸が六個入っていた。窓を直した人だけの物ではなく、学校側で相談して、高校生も一個受け取った。
「これ、給料?」
「そう呼びたければ」
男が言う。
「呼ばなくてもいいけど」
高校生は石鹸を鞄へ入れた。
PANDEMONIUMへ戻ると、棚の紙は替わり、段ボールも消え、配送表もできていた。
「終わってる」
「終わるだろ」
直人が言う。
「どうだった?」
「窓、一部屋だけ」
「明日は?」
「午前、行く」
高校生は鞄から石鹸を出した。
「もらいました」
「修理代?」
「たぶん。向こうも決めてないみたいです」
直人は石鹸を見る。
「店の備品にする?」
高校生は伸ばしかけた手で石鹸を取り戻した。
「いや、俺がもらったので」
「じゃあ、お前のだな」
夜、高校生は明日の予定表を開いた。
自分の名前の横にある《午前・雑務》を線で消す。
その下へ書いた。
《午前・学校 窓》
石鹸を鞄へしまい、予定表を閉じた。




