第160話 新しい客
百九日目。
昼前、入口のベルが鳴った。
女が二人入ってくる。
高校生は、どちらの顔も知らなかった。
一人は三十代くらい。もう一人は白髪で、二人とも小さな荷物を背負っている。
「ここ、食べられるって聞いたんですけど」
「はい。どうぞ」
高校生がメニューを差し出す。
若い方の女が眺める。
「これ、どういう店なんです?」
「ハンバーガー屋です」
「今も?」
「今も」
女は少し笑った。
「じゃあ、この普通のやつ二つ」
「飲み物は?」
「水でいいです」
渾沌がバーガーを運んでくる。
「お待たせしました」
白髪の女が両手で持った。
「ちゃんと温かい」
「はい」
「久しぶりだね、こういうの」
隣では、若い女がもう一口かじっている。
「おいしい」
渾沌が笑う。
「よかった」
高校生は水を足しながら聞いた。
「どこから来たんです?」
「南東の住宅地。学校に行く途中」
「学校知ってるんですか」
「道で会った人に聞いた」
「店は?」
「その人が、途中で飯食うならここって」
「今日聞いたんですか」
「今朝」
高校生は少し迷ってから言った。
「ここ、前はみんな寝てた時期があって」
若い女が店内を見回す。
「ここで?」
「はい」
「狭くない?」
「狭かったです」
「大変だったね」
白髪の女は壁際の毛布を指した。
「あれ、借りられる?」
「延長なら使えます」
「延長?」
「食べ終わった後も、店に残る時のやつです」
「今日はいいや。学校まで行きたいから」
「分かりました」
由佳が入ってきた。
二人を見て、高校生へ小声で聞く。
「誰?」
「新しいお客さん」
「学校の人?」
「これから行くんだって」
「そっか」
由佳は隣の席へ座り、自分の注文を始めた。
二人が食べ終える。
「ごちそうさま」
「学校までの道、分かります?」
「途中まで聞いた」
高校生は地図を広げた。
「ここをまっすぐ。壊れた信号のところを右です」
「ありがとう」
「誰か送ります?」
若い女は首を振る。
「道分かれば大丈夫」
高校生は地図を畳んだ。
白髪の女が扉のところで振り返る。
「また通ったら寄るね」
「はい」
「毎日来るとは言わないけど」
高校生が笑った。
「大丈夫です」
二人は学校の方角へ歩いていった。
高校生はテーブルを拭き、注文票をまとめる。
二人分の欄には、注文だけが残っていた。
名前を書いていない。
ペンを持ち、空欄の上で止める。
直人が戻ってきた。
「誰か来た?」
「新しい人二人」
「どこの?」
「南東から。学校に行く途中」
「名前は?」
高校生は注文票を見る。
「聞いてないです」
「必要だった?」
「……いや」
高校生はペンを戻した。
午後、学校から通信が入った。
『女の人二人、着いたよ』
「よかった」
『店寄ったって言ってた』
「はい」
少し間があった。
『それだけ』
「それだけ?」
『それだけ』
通信が切れる。
夕方、高校生は注文票を束ねた。
昼の二人の票も、その中へ入れる。
名前の欄は空いたまま、他の注文票と一緒に重なった。




