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第159話 一晩だけ戻る


百八日目。


夕方から雨脚が強くなった。


入口のベルが鳴る。


入ってきた男を、高校生はすぐ思い出した。


「久しぶり」


男も笑う。


「二週間ぶりくらい?」


「十六日」


「数えてたの?」


「宿泊表見れば分かるから」


男は濡れた上着を脱いだ。


今は学校の近くで暮らしている。


「今日は食事?」


「飯と、できれば延長」


「何時間?」


「朝まで」


高校生は男の顔を見る。


「戻ってくるんですか」


「戻る?」


「いや、泊まるって意味で」


男は窓を打つ雨を見た。


「これで帰るの嫌だから」


直人が宿泊表を出す。


「朝まででいい?」


「うん」


「荷物は?」


男は足元の小さな鞄を持ち上げた。


「これだけ」


以前ここで何週間も使っていた布団も、生活道具もなかった。


バーガーを食べながら、男が言う。


「変わってないな」


「店?」


「味」


高校生は壁を見回す。


「店もそんなに変わってないですよ」


男もつられて見る。


地図。配送表。壁際の寝床。


「前より広い」


「人が減ったから」


「そっちか」


「学校どうです?」


「普通」


「寒くない?」


「毛布ある」


「食事は?」


「当番」


「大変じゃない?」


男はポテトを一本つまんだ。


「面倒な日はある」


「じゃあ、こっちの方が楽?」


「今日はね」


由佳が来て、男を見つけた。


「あ、戻ったの?」


「一晩だけ」


「なんで?」


男が窓を指す。


「雨」


「明日は?」


「帰る」


「そっか」


由佳は注文を取りにカウンターへ向かった。


夜になると、男が以前使っていた壁際には別の客が横になった。


高校生が空いている場所を示す。


「前の場所じゃなくていいですか」


「どこでもいいよ」


男はそこへ鞄を置いた。


水を持っていくと、男は横になって本を読んでいた。


「懐かしくないですか」


「何が?」


「ここで寝るの」


男は本から目を上げ、天井を見た。


「ちょっとは」


高校生は笑う。


「やっぱり」


「でも明日帰るよ」


「聞いてないです」


「顔に書いてあった」


雨音の下で、男は本を閉じた。


翌朝。


高校生が目を覚ました時には、雨は止んでいた。


男はもう毛布を畳んでいる。


「朝ごはん食べていきます?」


「学校で食べる」


「もう帰るんですか」


「雨止んだから」


直人が宿泊表を開いた。


《延長 朝まで》


その欄へ終了時刻を書き込む。


男は鞄に本を入れ、靴を履いた。


「また来るよ」


高校生が聞く。


「泊まりに?」


「飯かもしれないし、用事かもしれないし」


「泊まりかもしれない?」


男は扉を開けた。


「また雨ならね」


濡れた路面へ出ていく。


扉が閉まる。


男が昨夜使った場所には、畳まれた毛布が一枚残っていた。


高校生はそれを持ち上げ、他の毛布と同じ棚へ戻した。

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