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155/195

第155話 店を知らない子


百四日目。


森田が、見たことのない子どもを連れてきた。


十歳くらいだった。


入口で足を止め、看板を見上げる。


「ぱんで……?」


「PANDEMONIUM」


森田が読む。


子どもは扉の向こうを覗いた。


「何するところ?」


高校生は運んでいたトレーを止めた。


森田が先に答える。


「飯食うところ」


「学校と同じ?」


「ちょっと違う」


「何が?」


「注文する」


子どもはテーブル、カウンター、厨房の順に見た。


「ここ、前からあったの?」


「ずっとあるよ」


高校生が言う。


「知らなかった」


「学校に住んでるんだよね?」


「うん」


「PANDEMONIUM、聞いたこともない?」


子どもは首を振った。


森田が椅子を引く。


「先週、南から来た子だから」


「学校に直接?」


「そう」


高校生は子どもの向かいへ座った。


「南からどうやって来たの?」


「お母さんと歩いた」


「学校は誰に教えてもらった?」


「途中の家の人」


「この店は?」


「知らない」


「配送車、見なかった?」


「車は見た」


高校生は窓の外の車を指す。


「これ?」


子どもは少し考えた。


「たぶん違う」


厨房から渾沌が出てきた。


「いらっしゃい」


子どもが森田を見る。


「何て言えばいいの?」


「食べたいもの言えばいい」


「何あるの?」


渾沌がメニューを渡す。


子どもはしばらく眺め、ひとつの文字を指した。


「バーガーって何?」


高校生が顔を上げる。


「知らないの?」


「うん」


「パンに肉とか挟んだやつ」


「学校の挟んだやつ?」


「……近いけど、違う」


「どっちが先?」


高校生は答えかけて、メニューを子どもの方へ押した。


「食べてみれば?」


子どもが頷く。


渾沌が運んできたバーガーを、両手で持ち上げた。


上から見る。横から見る。


「学校のより丸い」


高校生が笑った。


「そっちが基準なんだ」


「だって先に食べたから」


子どもは一口かじる。


目が丸くなった。


「おいしい」


「よかった」


渾沌が笑う。


「これ毎日あるの?」


「あるよ」


「学校のはパンある日だけ」


「そうなんだ」


渾沌は次の注文を受けに行った。


食べ終わるころ、子どもは壁際の毛布へ目を向けた。


「ここに寝る人もいるの?」


「いるよ」


高校生が答える。


「なんで?」


「前は外が危なかったから」


「今は?」


「今も危ないところはある」


子どもは首を傾げた。


「学校で寝ればいいのに」


高校生は口を開き、それから閉じた。


森田が会計を済ませる。


子どもは立ち上がった。


「また来ていい?」


「俺に聞くなよ」


森田が言う。


高校生が笑う。


「もちろん」


「学校のごはんない日に来る」


「ある日でもいいよ」


「でも、あるなら学校で食べる」


「そっか」


子どもは森田と店を出ていった。


高校生は窓越しに二人を見送る。


「店を知らない人、いるんですね」


直人が空いた皿を下げる。


「そりゃいるだろ」


「この辺にいるのに」


「全員ここ通って来たわけじゃないからな」


高校生は壁の配送地図を見る。


PANDEMONIUMから何本もの線が伸びている。


学校。団地。倉庫。給油地点。


その端、学校の南側には何もない。


高校生はペンを取った。


学校から南へ線を引きかける。


途中で止めた。


子どもがどこを歩いたのか、途中の家がどこなのか、自分は知らない。


ペンを戻す。


夕方、学校から注文が入った。


高校生はいつもの配送地図を外して直人へ渡す。


「学校まで、これで」


「うん」


直人が地図を持って出る。


壁には、その地図が掛かっていた四角い跡が残った。


高校生は空いた場所を埋めなかった。

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