第154話 知らない日の写真
百三日目。
学校から来た女が、封筒をカウンターへ置いた。
「これ、由佳ちゃんに」
高校生が中を覗く。
写真が二枚入っていた。
一枚目は校庭。長机と鍋、紙の輪飾り。十人ほどが肩を寄せ、その真ん中で由佳が笑っている。
「何これ」
「昨日の」
「昨日?」
「誕生日の人がいたから」
「誰の?」
「学校のおばあちゃん」
高校生は写真を近くへ寄せた。
「聞いてない」
女が笑う。
「言ってないもの」
「店から何か持っていけばよかったのに」
「足りてたよ」
二枚目には料理が写っていた。小さな焼き菓子、切った果物、湯気の出る鍋。紙で作った花。
「これ全部、学校で?」
「そう」
「この焼いてるの、ケーキ?」
「粉と芋。ケーキってほどじゃないよ」
写真の端に割れた皿が写っていた。
高校生が指で示す。
「これ」
「ああ。途中で机倒れた」
「怪我は?」
「一人、手を切った」
高校生の指が止まる。
「大丈夫だったんですか」
「洗って押さえて、学校にあったもので巻いた。深くなかったから」
「連絡してくださいよ」
女は少し考えた。
「終わってたし」
奥から直人が出てきた。
「今は?」
「朝見たけど普通に動いてたよ」
「熱とか、腫れは?」
「ないって」
「じゃあ、変わったら連絡して」
女が頷く。
高校生は直人を見る。
「行かないんですか」
「何しに?」
「怪我した人、いるんですよ」
「昨日な。今は動いてるんだろ」
高校生は写真へ目を戻した。
渾沌も厨房から覗き込む。
「楽しそう」
「昨日やったんだって」
「へえ」
「知らなかった?」
「知らなかった」
渾沌は由佳の顔を見つけた。
「いい顔してる」
それだけ言って、注文を呼ばれて厨房へ戻った。
昼前、由佳が来た。
高校生が封筒を渡す。
「学校から」
由佳は一枚目を見て、すぐ二枚目へ移る。
「これ、机倒れる前」
「分かるの?」
「皿まだあるから」
「楽しかった?」
「うん」
「手、切った人は?」
「朝、パン切ってた」
高校生は息を吐いた。
「なんで店に言わなかったの?」
由佳が写真から顔を上げる。
「何を?」
「誕生日」
「学校でやるから」
「何か欲しいものとか」
「なかった」
「机倒れた時は?」
「大人いたよ」
由佳は写真を重ね、封筒へ戻した。
そこへ団地の男が入ってきた。
「何の写真?」
由佳が一枚だけ見せる。
「昨日の」
「こんなのやってたのか」
高校生が聞く。
「知らなかったんですか」
「知らん」
「団地の人も写ってますよ」
男は顔を近づけた。
「あ、ほんとだ。こいつ行ってたのか」
「団地にも連絡なかった?」
「学校の誕生日だろ?」
男はそれ以上気にせず、カウンターへ注文を伝えた。
由佳が帰る前、高校生は封筒を受け取りかけて手を止めた。
「それ、持って帰る?」
「うん」
「そっか」
写真は由佳の鞄へ入った。
午後、乾電池の確認で学校へ通信する。
必要な数を聞き終えたあと、高校生は一つだけ付け足した。
「昨日、手を切った人」
『ああ』
「今日、大丈夫ですか」
『大丈夫。昼も作業してる』
「分かりました」
通信を切る。
壁には、昨日の道の記録が残っている。
高校生はその横の空いた場所を見た。
ペンには触らなかった。
夕方、由佳が店の前を通った。
鞄の口から、封筒の角が少しだけ見えていた。
高校生は手を上げる。
由佳も手を上げ、そのまま学校の方へ歩いていった。




