第153話 開けた跡
百二日目。
学校へ向かう途中、高校生がブレーキを踏んだ。
「ここ、こんなに広かったですっけ」
助手席の直人が顔を上げる。
道路脇に倒れていた看板が、壁際へ寄せられている。道幅を塞いでいた太い枝も短く切られ、端へ積まれていた。
二人で車を降りた。
アスファルトには何かを引きずった跡が残っている。切り口の新しい枝。木くず。その周りだけ、路面が箒で掃かれていた。
高校生が看板へ触れる。
「昨日、まだここにありましたよね」
「帰りは北側だったからな」
「店に連絡ありました?」
「ない」
直人は枝の切り口を一度見て、車へ戻った。
「通れる?」
高校生は道路を見る。
「通れます」
「じゃ、行こう」
車は昨日より余裕をもって看板の横を抜けた。
学校へ着くと、高校生は森田を捕まえた。
「南の看板、誰が片づけたんです?」
「昨日、団地の人とこっちの三人で」
「店には何も言わず?」
森田が首を傾げる。
「言うことあったか?」
「ノコギリとか、車とか」
「学校にノコギリあったし、看板は五人で動いた」
「危ない枝は?」
「触ってない」
森田はそこで話を終え、毛布を抱えて廊下の奥へ行った。
高校生は追いかけなかった。
校舎裏へ回る。
昨日の崩落路はまだ塞がれていた。畑脇の迂回路には、泥の上へ板が二枚置かれている。
高校生が片足を載せる。少したわむが、沈まない。
「これも学校で?」
近くにいた女が答えた。
「知らない。朝にはあったよ」
「誰が置いたんです?」
「通った人じゃない?」
高校生はもう一枚へ足を移した。
昨日、自分が踏んだ土には水が浮いている。
廊下の地図には、
《畑脇 板あり》
と増えていた。
別の字で、
《南 車いける》
高校生は森田を呼び止める。
「これ書いたの誰です?」
「知らん」
「南の方も?」
「たぶん片づけた誰かだろ」
「誰か分からないのに残すんですか」
森田は地図を見る。
「お前、さっき車で来たんだろ?」
「来ました」
「じゃあ車いけるな」
高校生は地図から手を離した。
帰り道、直人は南の道路を止まらず通った。
高校生は助手席から、寄せられた看板と積まれた枝を見る。
「誰がやったか、気にならないんですか」
「森田から聞いたろ」
「全員の名前までは」
「名前いる?」
高校生は少し考える。
「前なら書いてました」
「今は?」
窓の外で看板が後ろへ流れる。
「……車、通れました」
店へ戻ると、高校生は昨日の《本日確認》の下へ新しい紙を貼った。
《南道 9:20 車通過》
それだけ書く。
昼過ぎ、団地の女がバーガーを受け取りに来た。
「南、通れた?」
「通れました」
「よかった。あの看板、重かったんだよ」
高校生が顔を上げる。
「手伝ったんですか」
「うん」
「店に言おうとは?」
女は包みを受け取りながら、逆に聞いた。
「なんで?」
高校生は一瞬止まり、それから笑った。
「いや。なんでもないです」
女はそのまま店を出た。
しばらくして学校から通信が入る。
『明日の朝、南を荷車で通す』
高校生が受話器を取った。
「今日九時二十分、車で通りました」
『了解。朝また見る』
「板の方は?」
『雨止んだから、誰か使ったら分かるだろ』
通信が切れる。
高校生は壁の記録へ目を戻した。
《南道 9:20 車通過》
実行者の欄は作らなかった。
外で配送車の音がする。
直人が次の便へ出るところだった。
高校生はペンを置き、ドアを押さえた。
「南から行きます?」
「今朝通れたからな」
車が道路へ出る。
壁には、誰の名前もない一行だけが残った。




